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在宅らくらくパックの可能性

さくらいクリニック
医療95 VOL.11 No.8より抜粋

超高齢者の介護に疲れる高齢者

 「先生、まあ聞いてくださいよ。腰は痛いし肩はこるし、膝は痛いし足はしぴれるし、おまけに98歳の母はほとんど寝たきりで全部面倒みんといかんので疲れてしもうて」
「いつごろからあちこち痛いの?」「ずいぷん前から」「ずいぷん前って?」「だいぷん前。そうそう、地震のあと水運ぴで」。

 Aさん、76歳の話は長くなりそう。高齢者が超高齢者の介護に疲れて先に倒れてしまうパターンは今後ますます多くなっていきそうだ。先日リウマチで手足が動かなくなって寝たきりになってしまった(?)ので一度整形外科医に往診を、と頼まれて芦屋市まで往診に行くことになった。
 その家庭では一週間前、76歳の寝たきりのBさん(慢性関節リウマチではなく頚髄損傷による四肢麻痺だった)の入浴介助をやっとすませて1人で入浴していた80歳の姉が溺死したという。入院をいやがるBさんをなんとか説得して入院の手配をして帰ってきたが、あとに残された介護者は84歳の兄のみ。このような家族は決してめずらしくないという。

家庭内独居老人

 Cさん、81歳は、パ−キンソン病で二年前からほとんど寝たきり、日常生活は全介助。脱水やら褥瘡やらで入退院を繰り返している。「往診で身体傷害者手帳の交付を」と依頼されてからの付き合いである。奥さんと娘さん夫婦、お孫さんたちと大きなお屋敷に暮らしているが、Cさんの居室は窓がなく、昼なお暗い納戸のような部屋。奥さん以外は誰も食事の介助さえしてくれないという。頼りの奥さんも高齢で、腰が痛くておむつ交換もままならない状態である。

 いつも往診にいくと、Aさんはにっこり笑って「家内もよくやってくれます。毎日傷の処置もしてくれます」。と言うわりにはシーツはよごれたままだし、褥創もよくならない。奥さんがいないすきに「本当に毎日交換してもらってるの?」と耳元でこっそりたずねると、「いやいや、機嫌が悪いとしてくれまへん。そやけどそんなこと言うたら、よけいなこと言うな…。とおこられて、食事も…。それでも入院せんと家にいられるだけ幸せです」。
 
  家族に介護を強制しても何の問題解決にもならないだろう。それぞれの家族には複維な人間関係といろいろな事情がある。たとえ同居していても家族の介護は前提条件ではない。われわれが見て、経済的にも、介護力の面でも在宅可能であると判断しても、家族関係から困難な例が少なくない。だからといって在宅サービスをどんどん導入すれば問題が解決するというものでもない。Cさん宅には以前、在宅サービスをめぐってこんなトラブルがあった。

コ−ディネ−ターの不在

 
  ある日Cさんの奥さんが「先生、もう在宅サービスとやらを断りたい」と言う。「え−、なんで? せ っかく苦労していろいろ頼んだのに」。
話はこうだ。「月曜日、訪問看護ステ−ションの看護婦さんが午前中に来た。昼前に保健婦さんが寄ってくれた。午後は先生(私)の住診と入れ違いに泌尿器科の先生がパル−ンの交換に。火曜日、いつもの人が都合が悪くなったとかで、初めてのヘルパーさんが来ているときに以前入院していた病院の看護婦さんが見に来た。そのあともう一人来たが誰だかわからんかった。私はもう疲れてしまった。誰がどこの人でいつ来るかわからない」。
確かに、在宅サービスは増えたが、まさに船頭多くして船山に登る、である。いわゆるケアコーディネーターの不在である。結局Cさんの所へはうちのナースだけが訪問看護に行っている。各地に在宅介護支援センターができつつあるが、既存のシステムの中には、あとからできたためか、地域によってはまだ情報の収集さえ十分ではないところがある。今後は在宅に関するコーディネーターとしての地位を築いていってほしいものだ。

 在宅療養に関しては、少なくとも医者がイニシアチブを取るべきではないことは確かだろう。確かに往診する医者は増えている。しかし「在宅医療」を「在宅療養」の一部分として把握し、想者さんとその家族にとって何が必要かということを広い視野で見るという点では、医者はいちぱん遅れている。

 在宅の主役は患者さんとその家族、それを支える看護婦、保健婦、PT、OT、介護福祉士、ヘルパーさんたちであり、医者はそのチームの一員として、医者にしかできない仕事、患者さんにとって”おまもり”となる往診に行き、処方箋、診断書を書いてみんなが動きやすいようにバックアップしていればよいのである。そんな医療と福祉のネットワ−クが理想だろう。

”在宅らくらくパツク”の可能性

 いろいろな在宅サ−ビスが受けられるようになって、今までは入院や施設入所しかなかった患者さんが自宅で療養できるようになってきつつある。が、今のところもう入院はこりごりとか、これ以上入院できないと追い出されたり、施設の空きがないとか消極的在宅がほとんどである。
 病院も経営上、高齢者の長期入院をかかえこむわけにはいかず、「近所の先生が往診してくれるから」とか、「訪問看護があるから」といってどんどん在宅を勧め、高齢者を退院させていく。確かに往診してくれる医者も多くなったし、訪問看護もヘルパーも頼める。しかし介護に専念できる”家族”がいて初めて在宅が可能になるのである。

 うちのクリニックに毎日元気(?)にリハピリに通ってくる一人暮らしのおばあちゃんたちが”有終の美”を住み慣れた家で飾れる可能性はきわめて少ない。介護が必要になると遠くの息子さんのところへ引き取られたり、入院させられてしまう。
 だが、同居の家族がいるから在宅療養が幸せに送れるとは限らない。
 現在の日本の在宅療養は家族の介護が基本で、あくまでそれを助けるという形でしかない。特に都市部では家族の介護力を前提にした現在の在宅サービスはすでに破綻している。

 現在の在宅サ−ビスの延長線上には理想像は見えてこない。医療サイド(特に医者)は供給側の理論でシステムを構築しようとしている。どこかで発想の転換が必要であろう。そこで活躍するのは、介護保険の導入を見越して”在宅市場”に参入してくる企業のサ−ビスかもしれない。結局、消費者である患者さん本人や、家族のニ−ズにいちばん良く応え、適切なサービスを提供できるのは民間企業なのだろうか。そうして在宅がビジネスになっていく。

 困っている患者さんをなんとか助けてあげたい、という素朴な気持ちからスタートした、いわゆる”おもいつきサービス”の段階を経てシステムとしての在宅サービスへ、そしてピジネスとしての在宅サービスへと変わっていくに違いない。
 「先生、すみませんけどもう往診結構です。今度、往診、訪問看護、訪問リハにヘルパーさんから食事、 入浴、外出サ−ピスまでついた○○会社の”在宅らくらくパック“にかえましたの」と言われる時代は近いのかもしれない。
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