在宅ケア
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「在宅介護家族の心のケア」

クリニカルプラクティス 2005、1 (Vol.24.no1) 
特集プライマリケアにおける心のケア

さくらいクリニック 
桜井 隆


「先生、ヘルパーさん、代えないで欲しいんですけど、ヘルパー会社が倒産したというのは聞いたんですが、なんとかMさんだけでも新しいところへ移ってもらってそのまま来てもらうわけにはかないでしょうか?母も私もMさんを大変信頼しているんで、 、」 Aさんの娘さんからの夜間の電話は、家族の心の救急コールだった。
確かに慣れ親しんだヘルパーの総替え、というアクシデントは、Aさん家族にとっては、もう慣れっこになった気切チューブや胃ろうのトラブルよりもストレスかもしれない。ヘルパーの交代と娘さんのストレスがAさんの健康状態に影響しなければいいけれど、、と考えていた。

介護保険は家族を救えるか?

 介護保険が始って5年近くなるが、介護保険法第二条にうたわれている 「被保険者が要介護状態となった場合においても、可能な限りその居宅において、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように配慮しなければなら ない。」という介護保険の理念は実現されているのだろうか?
実際は介護保険開始後、居宅を離れ施設入所する要介護高齢者が増加している。施設と在宅の介護給付費の構造ををみても明らかで要介護3ー5の平均月単価は在宅15、4万に対して施設32万円となっており、平成15年11月の実績では介護保険利用者総数約300万人の 25%の施設サービス利用者が介護給付総額の53%を使用しているという。
要介護度が高ければ高い程、24時間ホテルサービス付きの施設と違って在宅ケアでは家族の介護負担は相当なものとなる。当初の予想以上に施設シフトが進んだのも理解できる。現状の介護保険は利用者と家族、双方のQOLを居宅で維持するにはまだまだ不完全だ。

 在宅ケアの現場でも、期間限定で短期間にケアを集中できる末期癌患者の在宅ホスピ スケアの結果としての在宅死は増えているが、いわるる後期高齢者の老衰、大往生、といったパターンは家族への負担が大きいためか残念ながら介護保険開始後、予想外に増えていない。
一方で要介護者のうち50%近くを占める要支援、要介護1といっ た軽度の要介護者に対しての家事援助がかえって自立をさまたげる、という批判も多 い。2006年4月の介護保険制度見直しに向けての議論がなされているが、新・予防給付や施設入所者からのホテルコストの徴集、さらには支援費制度との統合、保険料徴集年令の引き下げ、といった財政難を背景とした論点ばかりが目につく。
そんな厳しい状況の中で、要介護4、5といった重度の障害を持つ要介護者の在宅ケアを続ける家族の負担は、介護保険や障害者支援費制度を精一杯用いても大きいと言わざるを得ない。そんな家族のQOLを維持し、心のケアにまでアプローチすること が我々医療者に求められているのだろうか?
そしてもし、求められてとして、それに答えることが可能なのだろうか?

在宅介護家族のQOL評価


 在宅ケアでは家族への身体的、精神的負担が大きく、要介護者はもちろん家族のQO Lが問題となることは言うまでもない。要介護者を在宅でケアしている家族に対して、健康関連QOLを測定する包括的尺度、SFー36を用いてQOL評価を行った。
SFー 36は、36項目の質問から身体機能、身体の痛み、全体的健康観、日常役割機能 (身体)、心の健康、活力、社会的機能、日常や区割り機能(精神)といった8つの下位尺度を求めるもので、日本人の年令別基準値が求められており、年令と共に低下 するQOLを、年令補正をおこなった偏差値の形で示すことができる。
当クリニックから訪問看護や訪問診療で支援をおこなっており、比較的安定して在宅 ケアをおこなっている要介護4、5の要介護者の主たる介護者15名に対してのSFー 36による調査の結果を(表1。)に示す。
結果は年令補正を行った偏差値で表してあるが、日本人平均値と比べて、身体的機能、痛み、全体的健康観といった身体的側 面にはさほど問題ないものの、心の健康、活力といった精神的側面や、仕事やふだんの活動、友人などとのつきあい等、社会的な交流を問う日常役割機能、社会生活機能が低い傾向がみられた。家族が、介護のために外出などが困難で、社会との交流を妨 げられるために精神的健康度が低下していることがあきらかになっている。

<表1>

身体的機能
 身体の痛み
全体的健康観
日常役割機能(身体)
44.5
46.5
46.8
37.1
心の健康
活力
社会的機能
日常役割機能(精神)
40.3
40.2
38.4
36.6

在宅ホスピスケアにおける家族の心理、社会ニーズ

 関西労災病院ソーシャル・ワーカーの徳山は、当クリニックを含めた3つのクリニックで在宅ホスピスケアを利用してがん患者と共に生活した経験のある遺族177名の 心理、社会的ニーズを、アンケート調査で分析している。それによると、自宅で最期 までケアできたことに対する遺族の満足度はかなり高い。さらに基本的な痛みや症状のコントロール、医療スタッフとの良好な関係といった ”医療者に求める要因”が満たされた時、その次に家族が求めるものとしては、”患者への不安対処要因””家族の生活の質を保持する要因””介護負担を軽減する公的支援”というニーズが満足度に影響していることを明らかにしている。

 すなわち医療スタッフが癌患者の症状コントロールと人間関係の構築といった基本的役割をきっちり果たすならば、その次のステップとして家族が求めるのは、不安や心配を落ち着いて話せる人がいる、患者以外の家族や友人と良好な関係を維持できた、気分転換に外出できた、介護負担を軽減できるフォーマルサポートへアクセスできた、などといった基本的な生活の維持、社会とのつながりであるといえる。 そこには「介護者」としてでなく、「生活者」としての家族の心理、社会的ニーズが 表出されている。極論すれば、医療スタッフがその役割をきっちり果たして初めて、 家族が求めるソーシャルワーク的視点が浮かび上がってくる、そのニーズの表出を助 けてまたそれを充足するための援助に結び付けることが我々医療スタッフに求められている。  

家族という小宇宙

 家族はそれ自体が小宇宙、あるいはひとつの細胞、他者の侵入を許さない閉ざされた空間であって、その中ではどんなことでも起こり得る。たとえばあなたの家族が住む 居宅のことを考えてみるといいだろう、この1週間、家族以外の他人が出入りしたことがあるだろか?それも玄関先だけでなく、キッチンやトイレにまで。
ところが要介護状態になるとその閉鎖空間の様相が一変してしまう。介護保険認定の調査員、ケア マネージャー、ヘルパー、福祉用具レンタル会社のスタッフ、往診の医者、訪問看護のナースetc、さっき来たのは誰だった?となりかねない。

 本来外界から隔離され 自己完結していた家庭生活が、その構成員の病気や障害で継続が困難となった時、外部の社会的資源という援助をその内部に受け入れ新しい安定を得るまでには、要介護 者、家族、サービス提供者、の3者の相互間にかなりの葛藤がいやおうなしに生じる。
病気や障害との付き合いだけでなく、援助者であるサービス提供者の侵入に疲れてし まう家族、という構図がみえる。 そう考えてみると、もし我々が要介護者や家族に適切な病気や障害に対するアプロー チを伝授でき、しかも援助者として対人関係のストレスを与えることなく、黒子のよ うに家庭内でスムースに振る舞うことができれば、家族は元通りの安定を自然にとりもどすであろう。
家族という社会の最小単位はそれ自体、自らをまとめ、よりよい方向に向かっていこ うとするエネルギーを内在させている。そのような家族に専門的な心のケア、が常時 必要なのだろうか?

 少なくとも、心のケア、だけを切り離して専門的に考える、たとえばトラブルをかかえた家族に対して心のケアの専門家である精神科医や臨床心理士を紹介すれば済む、という問題ではないだろう。いつもかかわる支援スタッフが、一緒に考えるという日常での試みのなかで解決を図っていくべきだ。
それでも心のケアの専門家の介入を必要とするのは、たとえば要介護者への虐待、といったその家族自体が本来かかえていた病理が援助者の侵入によって明らかになった場合かもしれない。

医療スタッフに心のケアができるか?

 要介護者の家族のストレスは、
1、病気や障害をかかえた要介護者の現状や将来に対する不安
2、家族の病気や障害によっておびやかされる家族全体の将来
3、自分自身の生活、健康や将来、社会とのかかわりへの不安
4、家族関係の新しい構築
5、介入する援助者との関係
などが考えられる。

援助者としての我々医療スタッフが適切なケアを行えば、1、と 5、は十分支援可能だろう。そして障害をもった家族との新しい視点での人間関係 4、 もおのずと解決していく。
さらに、家族が体調を壊し在宅ケアの継続が困難になる、ということを未然に防ぐために医療スタッフが介護
者である家族の健康管理にも関わることができれば3、の一部は支援可能であろう。この点で、家庭医として日常から家族全体の健康管理をしていれば、その家族の構成員が要介護状態となった時、スムー ズに在宅ケアの支援が可能だ。家族との関係が事前に構築されていて、家族が陥った危機にすばやく、適切な支援を提供できる可能性が高い。
しかし実際は障害をかかえてから訪れる初対面の要介護者や家族との、関係構築に苦労することも多い。バランスを崩した状態での家族の心理状態は冷静ではなく、時として怒りや不満を我々医療者に表す、といった状況も起こり得るからだ。

さらに配偶者、親子、兄弟姉妹、嫁あるいは親戚、という要介護者と家族の人間関係、に関するトラブルに巻き込まれることもまれではない。こういった場合、傾聴、中立でどちらかの味方にならない、のが基本ではあるが、人間関係がとれている場合はあくまで個人的意見で中立性は欠く かもしれないがと、断ったうえで、ある程度本音で議論に参加した方がよい場合もあるかもしれない。もちろんどんな場合でもナースやケアマネージャーといった複数の援助者での傾聴と支援が必要となる。
特に臨床倫理の問題ともいえる延命治療の是非 や経管栄養、高カロリー輸液、気管切開をどうするか、といったターニングポイントでは複数の関係者によるケアカンファレンスの拡大バージョンとしての”在宅倫理委員会”といったものが必要だろう。それぞれのスタッフが基本は自らの業務をまっとうするために努力している、その上で要介護者や家族のことを思い、一緒に考えると いう日常の試みが自然にできれば家族の心は癒されるだろう。

それでも家族の心のケアは必要か?

 家庭内、そして家族関係への介入は我々医療スタッフにとって困難な作業、という印象も大きい。しかし家族という社会の最小構成単位はそれ自体、自らまとまろうとす る力、自分達で問題を解決する能力を持っているということを忘れてはならない。その家族関係のバランスをこわしている疾病、障害といった問題を専門的立場から援助するのが我々の役割である。
家族が落ち込んでいる悪循環のパターンを客観的に見ることができれば問題解決に向 けてのアプローチが可能となる。そのアプローチに際して我々は家庭内、すなわち往診、訪問看護といった形で居宅への侵入?が可能であるという利点を持っている。そこで我々医療者が可能な心のケアの形としては、社会とのかかわりを保つことがむづ かしく、孤立しがちな家族に、あなただけではない、と同じようにケアをする家族のことを伝えるといった情報的サポート、介護者の苦労や喜びを聴くことで感情を分かち合う情緒的サポート、そしてよく介護なさっていますね、という評価的サポートが 必要だ。
病院、施設と違っていわゆる井戸端会議に参加できず孤立しがちな家族にとっては、 サービス提供スタッフとの雑談が、情報や、共感、安心を得る大切な機会となってい る。
そのことを忘れずに、通常は他者の侵入をあまり許さない居宅内で、家族が見せる素顔に触れる、という人間関係を維持できれば家族の視点からの問題解決に近づくことができ、そういった作業自体が家族の心のケアにつながっていくのだろう。                   

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