在宅ケア
| HOME | クリニックのご案内 | お知らせ | 診療日記 | 在宅ケア | リンク | サイトマップ|

ライン

癌の終末期医療と開業医
家庭医が担うホスピスケア


 
住み慣れた家で死ぬということ 〜死の日常化へ向けて〜
 
日経メディカル 2005、1月号
特集 日本の癌診療体制 患者の望みにどこまで応えられるか


生、老、病、死 の流れによりそうケア

「あの、先生、ちょっといいですか、私の父が肺癌で、もう治療法はない、と病院でいわれたんです、」
診察に訪れた患者さんが問わず語りに話しはじめる。そうだったのか、最近、血圧のコントロールが悪く、不眠や肩こり、といった不定愁訴が多かった原因はそれだったのか、と気付く。もう少し早く体調不良の原因を聞き出せるようにこちらからインタビューすればよかった、と少し反省する。
 そこで癌治療の専門家ではない我々がとりあえずできることは、ただ話を聴くことだけかもしれない。しかし家庭医として、長く家族の健康問題にかかわってきた我々医師が、患者、家族サイドに立って、同じ方向を向いて一緒に考える味方として、癌末期という人生最大の危機、究極の状態に置かれた患者、家族の
声に耳を傾けることこそが、心のささえとなるに違いない。それがすなわち“ホスピスケア”そのものである。

 あるいはもっと他の治療は、なんとか助かる方法は、と藁をもつかむ思いの患者、家族は、時として冷静さを失ってしまい、とんでもない民間療法に夢を追い求めたり、インターネットを始めとする情報洪水に溺れてしまい、医療機関を点々と渡り歩く“癌難民”になってしまうことも少なくない。そんな時にいろいろ相談にのってくれる身近な家庭医の存在は心強いものだろう。
 癌専門医でなくても我々が医師として介在することで、単なるコミュニケーション不足から医療に対して不信感をつのらせている患者、家族に十分説明して誤解を解き、理解を促すことも可能だ。忙しい病院主治医が患者、家族に医療行為の基本から手術の術式、合併症、副作用、そしてその後の経過、アウトカムまでを逐一説明し、すべて理解して納得してもらうのはかなりの時間と手間が必要だが、我々開業医が介在することによってスムースに情報伝達、情報共有が可能となる場合もあるだろう。コンサルタントとして、患者、家族の医療機関への不満、疑問の解消のために病院主治医との間に通訳のように介入して円滑な双方向のコミュニケーションを取り持ったり、セカンド、サードオピニオンの仲介役をする、といったような治療行為そのものではなくマネージメントの部分で果たせる役割は大きい。進歩する癌治療の一方で、いたずらに副作用や一時のQOL低下を恐れて早々に治療をあきらめてしまう患者、家族を見ることもある。治療のガイドラインや日進月歩の新しい治療の情報なども調べて、患者と共に学び、治療に結び付けるという役割も重要だろう。
 それでもこれ以上の積極的治療はむずかしい、という時期がきてしまうかもしれない。その時は病院、ホスピスだけが残された貴重な時間を過ごす場所ではないこと、むしろ住み慣れた家こそ、有終の美を飾るのにふさわしい場であることを。そして在宅でのホスピスケアを支援するシステムも決して十分よはいえないが、整備されつつあることを情報として提供していく必要がある。

住み慣れた家で過ごす、ということ

「先生、父が家に帰りたい、というんですけど、癌の末期で家に帰るなんて、とても無理ですよね。」家に帰る、こんなあたりまえのことがなぜ、こんなにもむずかしくなってしまったのだろうか? 
「あなたも私も仕事が終わると家に帰る、それと同じように人生という仕事が終わる時は家に帰ろう。」
ただそれだけのことだ。
 病院は病気を治療する場ではあっても、人生の最期をゆったりと過ごして有終の美を飾る、そんな環境を提供してはくれない。癌末期の患者が家へ帰る、のではなく、家に居るはずのあの人がたまたま病気、それが癌で、残念ながら完治はむづかしく残された時間が限られている、ただそれだけのことだ。
病院で死ぬ人の数が、家で死ぬ人より多くなったのはたった25年前のことだ。その間に病院で死ぬということが当たり前になってしまい、みなが病院での死、医療に管理されての死を当然のことと思うようになってしまった。人類の数千年の悠久の歴史の中で、自分の家以外のところで人が死ぬのが当たり前になってしまったのは、たったここ25年のことに過ぎない。本来、死は医療に包囲されるはずのものではなく、きわめて個人的であり、社会的なものであったはずだ。医療はその一部を支えるに過ぎなかった。感染症を克服し、さらに20世紀後半の医療の進歩は死を敗北ととらえ、永遠の命さえ保証するかのようではあったが、所詮死は避けられないものには違いなかった。
 そんな死を医療から取り戻すのに、住み慣れた家はとてもいい場所だ。その人が暮らしてきた、生活の匂いがする、そんな場所でそこで生きていた生活者としてそのままの最期を迎える。そんな当たり前のことを支えるのが、家族であり、近所のおばちゃん達であり、ヘルパーそしてナース達である。そんな人達に我々家庭医は数歩下がってそっと寄り添い、必要とされる時に医療を最小限提供し、そして死亡診断書を書く。癌患者としてではなく、生活者として住み慣れた家で、地域で暮らす人の最期を見守るのは、地域で「生、老、病、死」の流れに添ってケアを提供する家庭医の仕事だ。

家庭医にできること

 住み慣れた家で残された時間をゆったりと過ごす、それを支えるホームホスピスケアを往診、訪問看護などで支援できればすばらしい。自らの訪問診療が無理なら、地域でホームホスピスケアに対応可能な医療機関、医師、訪問看護ステーション、麻薬を処方してくれる調剤薬局などのネットワークへのアクセスを紹介するだけでも十分だろう。
 2006年4月からは40歳以上、65歳未満の末期癌患者も2号被保険者として介護保険適応となり、在宅ケアの社会的資源の提供が容易となるはずだ。ケアマネージャーにも、短期間で状態の変化が予測され、医療依存度の高い癌末期患者に対する臨機応変の対応、ホームホスピスケアマネージメント、といったレベルの高いケアが求められる、それには決して自らの死生観を押し付けたりせず、寄り添うような家庭医の支援が必須だ。医療、福祉面が密接に連携した在宅ケアのサポートシステムと万一の時は再入院可能、受け入れOKのバックアップ病院があれば、最期まで住み慣れた家で過ごすことが可能となる。
 癌末期患者さんの緩和ケアで、ネックとなる麻薬の処方だが、麻薬処方の免許は年に1回保健所に届けるだけでOK。処方そのものは院外処方で調剤薬局に依頼することが可能だ。使用方法についてはすぐれたマニュアルがいくつかあるし、経験豊富な在宅ホスピス医や、ホスピス、緩和ケア病棟の医師、看護師にコンサルトすることも可能だろう。今後このような情報共有がスムースに行われるように地域でのネットワークの構築が必要だろう。


死のプロセスの説明とグリーフケア  
〜尊厳死、安楽死へと続く道〜

 疼痛コントロールと同様に重要なのは、今後起こりえる変化の予測と情報提供だ。ほとんどの人が身近に死を経験しなくなった今、死にゆく過程を知らないがために、本人、家族とも不安に陥ってしまうことがよく見られる。台風情報のように、今後起こりえる症状の変化、経口摂取が減り、意識レベルが下がり、傾睡眠傾向となり、ある時はせんもう状態となって、チェーンストーク呼吸、下顎呼吸となり、眠るように息を引き取る、といった過程を伝えることが必須である。起こりえる変化がある程度予測できれば、慌てふためいてパニックに陥り、救急車を呼んでしまう、といったことはない。台風情報で備える時のように、やってくる時刻や風雨や波、高潮の程度を予測できれは、その瞬間は台風の目の中にいる時のようにおだやかに過ごすことができる。(筆者が使用している説明書を示す)
 死が隔離され、病室に、医療に取り囲まれてしまった今、死を日常に、地域にとりもどすためには、医療が死を抱え込むのではなく、地域に、住み慣れた家に帰るためのお膳立てをしていかねばならない。それが我々家庭医の仕事、といえるだろう。生、老、病、死はいつも日常の延長線上にあって、決して特別なものではない。日常診療の現場で、薬を飲むかどうか、予防接種を受けるかどうか、といった自己決定を情報を共有した上で支援する、その少し先に癌で手術を受けるか抗癌剤にするか、といった重大な決断があり、またその少し先に延命治療をどうするか、また安楽死とは?、といった問題があるように思う。
 そういった死生観、臨床倫理ともいえる深くてすぐには答えのでない問題について日常から前向きに、一般市民と一緒に考えていくことも我々家庭医の役目だろう。

 そしてさらに、家族を失って遺族となった患者が通院を続ける、そんな関係の中で、木枯らしが吹きはじめるこの季節になる決まってと健康不調を訴える患者の、大切だった家族の命日が近いことを知って「ご自宅で良く介護なさいましたよね、最期に風呂に入れて喜んでおられましたよね、」といったさりげない会話そのものがグリーフケアになる、そんな継続性が街の家庭医の醍醐味だろう。そいった生、老、病、死のあたりまえの流れに寄り添うすべてのケアが我々家庭医に期待されるホスピスケアである。
筆者が患者、家族に説明用として渡している、死へのプロセスの説明書を示す。

住み慣れた御自宅で御家族を看取られる方へ

 さまざまな御苦労を乗り越えて御自宅での療養をつづけてこられましたが、症状の変化から少しずつお別れの時が近づいて来ていることが、御家族の皆さまにも察していただけると思います。人生最後の時を住み慣れた御自宅で、御家族や御近所の方に囲まれてゆったりと過ごし有終の美を飾る、いろいろな思いが走馬灯のように駆け巡ると同時に、これからの症状の変化にどのように対処すればいいのか、いろいろ心配になる時期とも思います。できる限り落ち着いてゆったりとお別れできるように心の準備をしていただければ、と思います。
残された時間が週単位から日数単位になったと予想される場合、医師または看護婦ができる限り毎日お伺いさせていただきます。御心配なことはなんでも相談してください。

死が近づいてきた時の様子

うとうと寝ていることが多くなりますが、呼ぶと目をあけ反応します。
食事の量が減り、ほおや目などのやせが目立つようになります。
食物や水分が飲み込みにくくなりむせることがあります。
(プリンやゼリーなどつるっとしたものが飲み込みやすいこともあります。)
わけのわからないことをしゃべったりすることがあります。
便や尿を失敗することがあります。
口が乾燥して言葉が出にくくなり、痰がきれにくくなります。
(氷やぬらした綿棒などで口をしめらせるとしゃべれることもあります。)
手足が冷たくなってきます。(血圧が下るため)

いよいよ死が訪れ息をひきとられる時の様子

呼んでもさすっても反応がなくほとんど動かなくなります。
大きく呼吸をした後10ー15秒止って、また呼吸をする波のような息の仕方になり ます。
肩や下顎を上下させて浅い呼吸をするようになります。
(少し苦しそうに見えますが、ご本人はすでに意識がなく苦しみはないと思われます。)
呼吸が止り、胸や顎の動きがなくなります。
脈が触れなくなり心臓が止ります。
手足が冷たくなり次第に固くなって来ます。

(どの時点で医師を呼ぶかは御家族の判断におまかせいたします。)
連絡先 00クリニック XXXX
      携帯電話  XXXX 

| INDEX |

TOP

ライン
Copyright (C) : 1998-2005 SAKURAI CLINIC. All rights reserved.