在宅ケア
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在宅療養支援診療は機能するか?
  〜地域の看取り力、ソーシャル・キャピタルとしての看取りの再生のために〜
 


看取りのロング、ビッグテール現象

 経済学で論じられるようにある特定分野での売り上は、上位の20%が全体の80%を占める、というべき乗の法則、あるいはパレートの法則が在宅ケアでの看取りにもあてはまる、といささか乱暴に推論すれば、上位20%のヘッドにあたる支援診療所での看取り数はもっと増えていいはずだろう。もちろんヘッドの部分にあたるス−パー在宅専門クリニックが、看取り数を押し上げていてこの法則があてはまりそうな宮城、奈良、東京、といった地域もある。しかし、全国的にはヘッドは現在のところ、ブロントザウルスの頭のように小さくテールが占める部分がかなり長く太くなっているということだろう。昨年4月に登場した支援診療所を優遇する診療報酬制度が、ヘッドの部分だけを優遇し、ボディやテールにまで栄養がいき渡らないとすれば、恐竜のように絶滅してしまう運命なのかもしれない。
 看取りに関して今回の制度が経済的にはあきらかに有利であるにもかかわらず、満たすべき要件の厳しさもあってかそれほど浸透しなかった、という点に注目したい。経済的誘導の効果が在宅医療、看取りに関しては予想以下であったということだろうか。福祉業界が、介護保険という制度の導入で経営的に成り立つと考えた他業種の圧倒的な大規模の参入を招き、コムスンの破綻のように混乱を招いているのとは多少状況が異なるようだ。(介護報酬が高すぎるから利益優 先の大企業が参入して現場が混乱をきたしている、という意見はある意味でとても新鮮で納得できる面もある。)

 看取りの現場ではそれほど経済的誘導が効果的でない、という事実が、今回の制度の24時間対応その他の厳しい縛りを敬遠したためか、利用者の自己負担増を避けたい、という医師の気持ち(善意)によるものなのかは判断しにくいが、少なくともこの制度による在宅への誘導は限界があるのではないだろうか?
筆者は経済的誘導をすべて否定しているわけではない。日本人が死後の葬送関連にかける費用平均200万強、戒名料数十万円、を考えるとターミナルケア加算1万点(最高自己負担でも3万円)はむしろ安すぎる、とさえ思っている。若干の高点数につられて始めたという動機は不純?な在宅ケアであっても、その延長線上で多くの人に在宅ケアを提供することができれば、結果よければすべてよし、と考えている。

 支援診療所の要件を満たした上でないと算定できない、という縛りではなく、看取ったという結果に対してターミナルケア加算は支払われるべきではないだろうか?契約であれ、信頼であれ、利用者、家族とケアギバーの一定の関係性の中で在宅での看取りは行われる。24時間対応を契約しようと、しまいと、支援診療所であろうと、なかろうと看取りはそれぞれの状況に応じて可能であるということを支援診療所以外の看取り4万件は示している。トップダウンの制度をつくり、サービス提供サイドに報酬をつけることだけで病院から在宅へ死に場所を誘導しようとしても無理がある。病院から追い出された、と在宅を強制され不満をかかえた利用者や家族のケアをさせられる在宅のケアギバーはたまったものではない。
そこには「あなたが願うなら、家でも大丈夫ですよ」というボトムアップの姿勢が必要だ。


ソーシャル・キャピタルとしての在宅看取り力

 死亡場所のデーターを見ると、死亡総数の増加のため%としては自宅死が平成16年から17年にかけて12、4%から12、2%に減ってはいるが、自宅死亡の実数は減少にストップがかかり、127445から132702と約5000名増加している。今後、支援診療所は在宅死をさらに増やせるのだろうか?
 これからは地域ケアの橋頭堡たる支援診療所による在宅ケアと、それ以外の診療所での外来診療の延長線上ともいえるゆるやかな看取りが双方向で乖離することなく、地域性や利用者の希望に寄り添う形で地域に展開できるといい。そうすることによって地域コミュニティでの看取りという文化の幅をひろげていければ理想的だ。24時間対応を利用者が求める場合、あるいは朝まで待ちますという場合のように、個々の利用者の希望とケアギバーが提供可能なサービスをそれぞれの関係性の中から選択して、双方が納得したケアが提供できる、その選択肢のひとつとしての支援診療所なのかもしれない。支援診療所であろうとなかろうと、在宅時医学管理料あるいは在宅末期総合、そして看取り加算1万点を算定しようとしまいと、それぞれの利用者のニーズと、ケアギバーの可能なサービス提供体制を摺り合わせて、双方がwin−winの関係となり得る、そんな落としどころでの在宅ケア、その延長線上にある在宅看取り、そんなスタンスですすんでいければいい。

 平成20年4月からスタートする後期高齢者医療制度の中でもこの看取りに関する制度は重視されるだろうが、看取りの方法や場所を医療制度だけで誘導するのは所詮無理がある。「看取り」を去って逝く人達をそれぞれの『生、老、病、死』の尊厳を大切にしながらどのように見送るのかという社会的、文化的視座からとらえる必要があるだろう。次元を広げたBIO―PSYCHO―FAMILY―SOCIALモデルで死を捉えることによって、我々医療者がかかわるべき範囲と限界がおのずと明かになっていくのではないだろうか。本来「生、老、病、死」は医療が抱えこむ事象ではないということを自ら知って、それを知らしめることこそ、あたりまえの在宅死、死の日常化への道となる。
 さらに、看取りの文化をそれぞれのコミュニティに取り戻すために、地域の、家での看取り力、とでもいう「ソーシャル キャピタル」を創り出すことだ。そのためには延命治療、尊厳死、安楽死、といった臨死期の問題にも前向きに取り組んでいく必要があるだろう。そういった倫理的、社会的なことをみんなで考えながら、でも、住み慣れた家で、地域で有終の美を飾る、そんな人達をなんとなく、ふわっと看取る、そんなケアができればいい。

表1. 都道府県別の在宅療養支援診療所9777か所での看取り数
(読売新聞社調査資料より)

医療機関等での死亡数
自宅での看取り数
自宅以外での看取り数
27,072
21,724
5,348

    表2. 死亡数、構成割合

総数
病院
自宅
平成15年
1,014,951
801,125
131,991(13.0%)
平成16年
1,028,602
818,586
127,445(12.4%)
平成17年
1,083,796
864,338
132,702(12.2%)

    

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