在宅ケア
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住み慣れた家で死ぬということ(2)

さくらいクリニック 桜井 隆

 
“住み慣れた家で死ぬということを当り前に看取る、在宅死の日常化に向けて”

 5年前に都市型、職住別、テナント診療所を開業し在宅ケアにかかわっていく中で自然と自宅で亡くなって行く方をお見送りさせていただいた。特に理念に基づいて在宅死を積極的に進めてきたのではなく、入院したくない、という本人や家族の希望にそって在宅ケアをしていたらそのまま家で亡くなってしまった、という感じだった。

治療することしか頭になかった医者として何もしないで死に行く人の傍にいるのが苦痛だったリ、心電図のモニターなしで死亡宣告が不安でおろおろしたり、死亡診断書がなく近所の病院へもらいに行ったり、あわてて救急車を呼んでしまったリ、挿管してしまったり、宴会からかけつけたり、葬儀屋さんより遅くなったりしながら18名(うち癌患者13名)の方を自宅でお見送りさせていただいた。

 それにしてもつい30年前までは当り前だった「家で死ぬ」ということがどうしてこんなに困難になってしまったのだろう。他でもない医学の進歩と人々の健康、生への過剰な期待が「死」を敗北として病室という密室に封じ込め日常から隔離してしまったのだ。「死」をターミナル、ホスピスといった特殊な入れ物の中に再ぴ封じこめることなく日常のものにする、死のノーマライゼーション。住み慣れた家で死ぬという選択が可能となるためには普通の医療者が普通に在宅死を援助することが必要だろう。

1.癌の末期は在宅ケアに適している。
2.癌の疼痛管理は在宅でも十分可能。
3.在宅死に癌の告知は必須条件ではない。
4.常に在宅、入院の選択を可能に。
5.医療者は必ずしも臨終の瞬間に立ち合う必要はない。

 年間1O0万人以上が死ぬ時代に住み慣れた家で死ぬということをふつうに看取る、死を日常のものとする死のノーマライゼーションに医療者がさりげなくかかわって行くことが望まれる。

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