在宅ケア
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リレーする善玉DNA 気分はホンネモード
 「おわりあかんでも、まあええか。」

 

GPネット 2008 4月号号

さくらいクリニック 桜井 隆


“90歳女性患者、救急病院10ヶ所に断られ死亡”

 救急医療が、いや、医療体制そのものが崩壊している、その象徴としてマスコミは大きく報道する。
でも本当にそうなのだろうか?この90歳の患者を救急搬送することが最善の対応で、すぐに救命処置を受けられたとしたら、元気に家庭復帰できたのだろうか?

 もちろん90歳といえども元気で社会的に活動なさっている方もたくさんおられるし、そういった方が急に倒れた場合は出来る限りの救命処置をほどこすべきだろう。しかし、たとえ救命できたとしても気管切開、胃ろう、といった状態になってしまう、そんな状態での延命を本人、家族が望んでいない、とすれば、何か異変があったとしても自宅でできる範囲の処置をして様子をみる、という選択肢があってもいいだろう。そのためには日頃から本人、家族の状態を知っている、医師、看護師などのケアギバーの存在が必要だ。

 在宅ケアの支援としてだけでなく、外来通院可能な状態から対応できる街の家庭医や看護師達がもっと機能してアドバイザーとして活躍できれば「高齢者の状態悪化→救急搬送→救命処置→気管切開、胃ろう」というあまり望まざる結果にならなくてすむこともあるのだと思う。

 もちろん我々もすべての担当患者に対して24時間対応は不可能である。連絡がつかず、あるいは飲んでいて駆け付けられずに救急搬送せざるを得ないこともあるだろう。そんな時でも電話で、または翌日入院先の病院をおとずれて通訳として機能すれば、すべてが初診患者の対応となる救急医師、そして初対面の医師に延命治療の選択を迫られて困惑する家族、双方の負担を軽減できるのではないだろうか。

 たとえ救命処置の甲斐なく亡くなったとしても、そしてそれが病院であれ、家であれ、継続して相談できる存在としてのケアギバーの存在が患者、家族の支えになればいい。もちろんそういった終末期は「おわりよければすべてよし」が理想だが、現実はそううまくはいかない。それぞれの人の人生の終わり方は、それぞれの人の人生と同じようにさまざまな経過をたどる。

「おわりあかんでもまあええか、よくがんばったよね」といった発想も必要だろう。そんなおおらかな看取りを地域でふわっと支援できればいい。

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