人生を飛行機のフライトにたとえるならおしまいは飛行場への着陸だ。いくらがんばって高く、遠くへ飛んでも最後は着陸しなければならない。その着陸のしかたは過ごしてきた人生のようにそれぞれ、さまざまだ。ゆったりと予定どおり着陸できたり、急降下してしまったり。どんな着陸の仕方になるかはわからないが、最後までどのように飛行するかはある程度自分で決めることができる。病院、施設、住み慣れた家、どこに着陸したいのか日頃からちょっと考えておくといい。
“ピンピンコロリ、ポックリ”といった突然死を望む人が多いが、朝起きて来ないので見に行ったらすでに冷たくなっていた、という突然死は実際には少ないし、仮にそうなってしまったら、残された家族や大切な人たちの悲嘆は想像に余りある。あなたも大事な人とのそんな予期せぬ別れは望まないだろう。
多くの人にとっていわゆる“大往生”のイメージは慣れ親しんだ場所でみんなに囲まれて安らかに、眠るように、といった風景だ。それは決して突然の死ではない。そしてその大往生に至るには少しずつ目的の飛行場が見えて来て、高度が下がっていく過程で、座席を戻したり、シートベルトをするのと同じように準備をして、ほどよいケアを受ける必要がある。
すべての人の着陸がうまくいくとは限らない、低空飛行ながらなかなか着陸できなかったり、急な不時着、墜落もあるかもしれない。そんないろんな往生際を町医者や看護師、ヘルパー、そして家族や近所のおばちゃん達がちょっと慌てたり、涙を流したり、微笑んだりしながらふわっとささえる。たとえおひとりさまであってもなんとか周りが助け合う、そんな地域のコミュニティがあれば、大往生は無理でも、中往生、小往生なら可能かもしれない。