「真意が伝わらないとか、事前勉強不足とか、医師の側にマスコミ不信があることは 事実。しかし、業界が抱える問題点を正直にアピールし、社会全体での問題点として
解決していく姿勢が必要だと思う」。
兵庫県尼崎市で整形外科を基本とした「さくらいクリニック」を開業する桜井隆医師は、「医療記録の開示をすすめる医師の会」(約100人)の事務局を務める関係から、マスコミとの接点も多い。というより、マスコミに顔を出して医療の現状や問題点を積極的に話してくれる医師が、ほかにほとんどいないといったほうが正確だろう。高度な専門知識を駆使して治療を実践する医師と、一般的な患者との関係は一方的になりやすい。それを埋めていこうという議論が盛んになってきているのが最近のインフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)だが、そこから先のからくりや医師の本音の部分までは、なかなか見えてこない。【大平 誠】
レセプト(診療報酬明細書)という言葉をご存じだろうか。病院が医療費請求のために健康保険組合に発行するいわゆる請求書の明細のことである。レセプトには病名や処置名、検査名が単価とともに詳しく書いてあり、自分が受けた治療内容が分かるとともに、不正請求のチェックもできる。従来、非開示を指導していた厚生省が1997年6月、一転して開示指導を通達したため、現在では患者本人だけでなく、遺族や代理人でも簡単な請求手続きで入手が可能になった。医師と話をしていると「レセプト病名」という言葉が出てくることがある。例えば、脚を骨折して病院に行き、痛み止めをもらう。これは骨折に対する適正な保険診療である。しかし、この患者が以前、同じ痛み止めを飲んで胃を荒らしたことがあったので一緒に胃薬も出し、この時に保険診療請求のために「胃炎」という病名を付ける。これがレセプト病名である保険診療では予防投与は認められていないからだ。
しかし、きちんと話し合いができていて患者が納得していたら、治療行為として間違っていないばかりか、患者からみて親切なお医者さんだ。
「レセプト病名というのは法律上はありえない。車を運転していて赤信号で右折したら、捕まるわけですよ、お巡りさんがいれば。でも実際はみんな赤信号に変わったばかりなら右折するでしょう。それと同じですよ。でないと世の中回っていかないでしょう」と桜井医師は言う。車なら交差点によっては右折専用の信号があるからまだ救われるが、予防診療を擁護する制度はない。
制度の不備に目をつぶり、これを「不正請求だ」と糾弾することは、何の解決にもならない。が、現状では何十億もの不正請求で私服を肥やす悪徳医師と同列に、良心的な医師を「ありもしないレセプト病名で不正請求した」と言い募って監査することも可能なのだ。
「医療記録の開示をすすめる医師の会」は、カルテを患者に見せたり、カルテ内の医療情報を患者と共有していこうと20人の医師が呼びかけて96年に設立、全国に輪を広げてきた。呼びかけ人の中には10年以上前から患者にカルテを渡している開業医もいれば、病院の中で開示のための意思形成に腐心する勤務医など、立場はさまざまだ。
会は年に1回シンポジウムを行い、会報を年4回発行している。今年7月に予定しているシンポジウムは「開示後を考える」として、カルテ開示についての会員のアンケートを発表し、開示問題に正面から取り組むつもりだ。アンケートについて桜井医師は「実践方法や考え方など、百人百様になると思いますよ」という。桜井医師はカルテや、健保組合に発行する前のレセプトを希望に応じて開示しているが、全員が同じ考えというわけではない。方向性は一緒だが、個々の意思を尊重する緩い集合体だからだ。
それでも「この会自体が同業者から誤解されているというか……。頑張っていろんな人に発言してほしいけれど、会員であることをばれないようにせざるを得ない面もある」と桜井医師は苦悩を打ち明ける。実際に同会のメンバーの開業医に取材したとこと、「名前を出すのは勘弁してほしい」と言われた。その医師は「私のカルテ」というノートを患者とやりとりするなど積極的に医療情報開示を実践しており、プライバシーの確保など、試行錯誤しながらの取り組みを語ってくれた。名前が出せない理由は「本当に役立っているか自信がないのもありますが、同業者に袋叩きにされるというか。医療の世界は閉鎖的ですから」だった。