痛みってなんだろう? 改めて考えてしまうことがある。 診察にやって来る患者さん達の多くがどこかが「痛い」とおっしゃる。 腰が、肩が、膝が、肘が、指が、 頭が、お腹が、胸が痛い。その表現方法はさまざまだ。 ずきずき、きりきり、ぴり ぴり、がりがり、ごりごり、しくしく、、、。 最近はバリ痛い、ぽわん、と痛いと いうのもあった? この痛み、本来は人間という機械がなんか調子が悪いところを知らせるシグナル、としてとっても大事なことだ。 痛みを感じなければ、怪我や火傷をしても気づかずに大変なことになってしまう。実際に痛みを伝える神経が病気や 怪我で切れてしまった場合はひどい傷があっても気づかない場合もある。 お腹の痛みで、盲腸(虫垂炎)や胃潰瘍、胃癌なんかが発見されたりする。ところがこの痛み、原因がすぐにわかって、その原因を治療して、すっとなくなってしまうといいんだが、なかなかそうはいかない場合がある。 まずは痛みの原因がわからない時、わかっても治しようがない時、そして原因がわかってそれを治しても、痛みだけが残ってしまう、といったケースだ。 目覚まし時計がりーん、と鳴って、おはようと目が覚めてしまえば、スイッチをきればいい。 ところが目覚まし時計がどこにあるかわからなかったり、スイッチを切っても音が止らず、鳴り続けてしまうという具合だろうか。これはもううるさくてしかたかない。本来の知らせる役目を終えたのに、もう起きてしまったのにこわれた目覚まし時計が鳴り続ける、痛みが続く、ということだ。 それにもうひとつやっかいなことは、目覚まし時計の音は誰にでも聞こえて、他人もうるさいなあ、と思ってくれるが、痛みは本人以外誰にも体験してもらえない、ということだ。 検査をしても痛みを数字であらわすことはできない。 他人の痛みなら3年でもがまんできる、などと言うぐらいだ。そして痛みはざまざまな要因が重なり合ってひどくなったり、よくなったりする。お天気の具合だったり、その日の気分だったり、そして対応する医者や看護婦の態度であったり。 とりあえず医者は痛みの原因をつきとめようとするが、その原因がわからなかったり、わかっても治療法がなかったりすると、気のせいだ、とか心因性だ、とか言ってさじを投げてしまう傾向があある。そんな医者の対応ひとつで良くなるはずの痛みが逆にひどくなってしまうこともあるようだ。 なんとかあなたの痛みをとるようにが んばります。という姿勢が大事なんだが、なかなかそうはいかないで、痛い痛いと訴えが多いなあ、、なんてつい思ってしまう。コードを繋げば、患者さんの痛みが そのまま伝わって医者も痛みを同じように体験できる、「ペインシュミレーター」 なんていう機械があったら医者も患者さんの痛みに共感して、痛みに対する対応や治療もずいぶん変わるだろうけど。 でももし本当にそんな機械があって来る患者さんの痛みをすべて体験していたら医者はとてもつらくて診察どころじゃなくなってしまうから、やっぱりちょっとかんべんしてほしい。 やっぱりきちんと話して痛みを伝えてもらうしかないようだ。
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