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医療費の高騰、健保組合の赤字がマスコミで報じられ、医療費の総額の抑制が構造改革の一つとして上げられている。経済の低成長と人口構成の急激な変化の中で医療を含めた社会保障制度自体も見直す必要があるのは事実だろう。
一方では医療の質が問われている。医療ミスの防止に向けてのリスクマネージメント、よりよい医療環境、わかりやすい情報提供など質の向上を患者さん達は求めているがそういった上質の医療を受けるためにはどうしてもコストがかかってしまう。
医療、福祉が安全と同じようにほとんど無料で手に入った時代が長かったためか、医療サービスを提供する側も受ける側もコスト意識に欠ける傾向が見られる。
介護保険の開始でサービス提供部門に参入した一般企業の誤算もこの利用者のコスト意識、1割負担に関する認識の違いを甘く見たせいではないだろうか?
介護保険導入から少しおくれたが、老人医療費も原則1割負担となっていく。介護保険のシステムが今後も医療保険に流用されていくことになるだろう。要介護認定から要治療認定へ、ケアマネージャーに替わって日本では誰が治療のプランをたてるのだろうか。
経済弱者の救済は必須としても質の向上を求めるのならある程度の負担増はやむおえないかもしれない。しかしその際には利用者が納得して負担する必要がある。自立投資という概念で臓器移植や遺伝子治療といった高額医療に対する自己負担を求める流れと要治療認定からはずれたカゼや擦り傷など軽医療を免責にするという上下両サイドから社会保障としての医療保険のカバーすべき範囲が狭められる可能性があるが、その範囲の決定には利用者の声が反映されなければならない。
社会保障としての医療保険制度が制限されてしまった時、予防注射、カゼ、擦り傷、遺伝子治療、臓器移植そしてターミナル期の在宅ケアまですべてをカバーする民間保険のロイヤルプランが高額で売り出されるのだろうか。
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