まちかど診療日記
| HOME | クリニックのご案内 | お知らせ | 診療日記 | 在宅ケア | リンク | サイトマップ|


ITを活用した日常診療 

『MLが日常診療に与えた影響』
〜コミュニケーション・ワンダーランドへ〜

大阪保険医雑誌 2005、5
さくらいクリニック 院長 桜井 隆


IT化への道

 私自身、いつメイルを始めたのかはっきりとは覚えていない。阪神大震災当時はネットで情報のやりとりをした覚えはないから、10年は経っていないことだけは事実だろう。この10年、インターネットと携帯電話は、我々を取り巻く情報流通の環境を一変させてしまった。パソコンの不調で、ネットにアクセスできず、しかも運悪く携帯電話を忘れてでかけた日は、なんだか社会から全く孤立してしまったような、なんともいえない焦燥感を覚えて情けなくなってしまった。それだけ日常化してしまったインターネットや携帯電話。それらによって飛び交う情報の量とスピードは数百倍、いや数千倍にもなって、とっくに私の頭脳が処理できる範囲をはるかに超えてしまった。そしてなおかつ”情報”そのものががかなりのスピードで増殖を続けている。そのとめどもない増殖の姿はあたかも無限に秩序なく増え続ける癌細胞にも似て無気味にさえ思える。あふれる情報洪水に溺れてしまうように、情報自体に翻弄され振り回されてしまうこのIT化時代。きちんと抑制系の刺激がかかる正常免疫担当細胞同士のネットワークのように、情報自体をコントロールして有用に利用できるようにするにはどうしたらいいのだろうか?

 私はといえば、不幸にして今だに小学生程度のパソコン知識しか持ち合わせておらず、メイルとネットの接続がやっと。しかも以前からなじみのMacintoshとWindowsのはざまに落ち込んでしまい、双方が自宅とクリニックに混在してうまく使いこなせない、という劣悪なネット環境にあまんじている。もちろん自己責任ではあるのだが。
そんな私でもネットの恩恵にはあずかることができる。その構造については無知でも、蛇口をひねれば出てくる水を利用することはできる、そんなネットに接続すれば得られる情報、それらが日常診療に与えた影響についてちょっと立ち止まって考えてみたい。

メイルは心のオアシス?

 今回あらためて数えてみると、名前だけでも参加しているMLは20を超えていることに驚いてしまった。ほとんど死んでしまったようなMLから1日数十通送られてくるものまで。ほとんどROMで、実際に一度でもこちらからメイルを発信したことがあるMLは多く見積もっても5ー6個だろう。しかしそんなほとんどROMのMLの情報、もちろん全部は目を通せないし、読まずに破棄してしまうものも多いのだが、ふと目に止まる情報が教えてくれることとても多い。開業医としての不安の一つ、いつもひとりで孤立している、同業者や関係業界の人とのコンタクトが制限されてしまう、という不安から逃れるにはメイルはとってもいいツールだ。

 今では「禁煙支援」を積極的に行う私だが、開業当時はヘビースモーカーだった。外来診療の合間に現像室の換気扇の下で一服して気分転換を図っていたものだ。開業後、数年たったある時、あまり理由もなく、さして苦労もせず、自然にやめてしまい今に至っている。(こういうのを”卒煙”というのも禁煙関係のMLで教わった。)その頃、メイルを始めたような気もする。診療の合間に受信するメイルに目を通すことが気分転換、息抜きになっている。時には間違って開いたピンクメイルのあやしい写真が飛び出してあわててしまったり、ちょっと面白いメイルを読みはじめてしまい「先生、患者さんが、」とナースにさとされたりということも。かつての一服のかわりにメイルが心のオアシス、気分転換になっているのだろう。

 そういった意味では医師一人で開業し、孤立している我々にとってメイルははかつて医局でいろいろな医者仲間と患者さんの治療について、あるいは医療を取りまく社会情勢について、あるいは医療とは無関係のグルメやスポーツ、芸能、社会ネタなどさまざまな話題で話し合っていた、そんな雰囲気をそのままこのPCのディスプレイ上で行っているのかもしれない。もちろんそれは相手の顔が見えないネット上でのやり取りであって、ちょっとした言葉の行き違いから思わぬ論争に発展してしまう、というデメリットもあるが、それ以上に狭い医局や大学関連、といった人間関係にとどまらず、業種や地域を超えた全国、いや世界とのネットワークが広がるというメリットがあるのも事実だ。

MLによる情報収集

実際にMLによる情報収集が日常診療にどのように役立っているのかちょっと考えてみた。

1。転居する患者さんの主治医さがし。
 全国広域に展開するMLでは、転居していく患者さんが転居先で適切な主治医を見つけるための手助けが行われていて有用に機能しているようだ。ちょっとしたことだが、転居先で今までのような医療が継続して受けられるのだろうか、と不安な患者さんにとってはとても安心できる、すばらしい紹介システムだ。

2。診療情報 〜MLでの本音トーク〜
 診断、治療に困った症例の相談、とそれに対する素早い議論がさまざまなMLの真骨頂とも言えるだろう。ちょっとした日常診療の基本的な疑問からめづらしい極めてまれな症例の相談まで、瞬時にして専門医や、似たようなケースを経験した方のコメントが得られることは日常診療に直結してとても有用である。以前、私が極めてまれな副腎皮質癌の治療について内科専門医会MLー2に質問を流した時も、即坐に経験のある複数ドクターからコメントをいだだき、いろいろ相談に乗っていただとても感謝したことがある。このことは患者さん本人や家族にも伝えることでこういったMLの意義をとても良く理解して喜んでいただいた。
 またインフルエンザ流行情報やいろいろな薬の副作用情報など、日常診療に有用な情報が瞬時に把握できるという利点も大きい。さらにある意味で限定した専門家同士でクローズドなMLでは教科書的でない、本音のトークが可能であることが大きな特徴であろう。スタッフの針刺し事故に際しての対応、感冒、上気道炎に対する抗生剤使用の可否、花粉症やブロック注射でのステロイドの使用がどの程度まで許されるのか、合併症のない総コレステロール値280の患者さんに治療が必要か?といった日常診療でのふとした疑問がさまざまな立場から議論される。その議論自体がとても勉強になる。

3。MLの出版物への影響
 最近のプライマリケア関連の雑誌や著書を読んでいると、以前の教科書的、な形式ばった記述が減って、本音の診断、治療論とでもいえる記述が多くなっているように思う。こういったMLでの本音のディスカッションを反映したような、あるいは著作自体が筆者達のMLでの議論の結果の集大成である、そんな著作が多くなっていておもしろい。MLでの活発な発言者が、執筆者として名を列ねる雑誌や著書も多く、特にプライマリケア関連の出版業界にネット、MLの影響をみてとれる。これからもこういった傾向は加速するだろう。

MLを通じたメル友

 MLのもう一つの利点は、地域や所属にとらわれない広い視野での新しい友人が得られることであろう。メイルと言うパソコン画面上の文章ではあるが、いくつも読んでいるとやはりその方の人柄というか、個性的、魅力的な性格がなんとなく読み取れて、波長があいそうで、実際お会いして話してみたいと思う方が全国あちこちにおられることに気づく。そういった方と実際に何かの機会、OFF会や学会などでお会いして親交を深める、という楽しみがある。メイルでやり取りしたことのある方とは、初対面とは思えない程スムーズに会話が進むから不思議だ。ここ10年で新しく得た知人、友人はほとんどネット、メイル経由といってもいいかもしれない。またこういった交流は医療業界に留まらず、広く社会一般とも関係を作っていけるのがすばらしいことだ。
直接の治療関係はないが、患者や遺族として医療に関心を持ちより良い医療のために、と活動する患者、家族、遺族といった人達や、医療に関心を持つジャーナリスト、マスコミの方達との接触は、医療の専門性という狭い枠に捕われて近視眼的になりがちな我々医師が、社会全体の中でどういった位置にいてどちらの方向へ進んでいけばいいのか、といったことを気づかせてくれる。

TFC(Total Family Care)のこと

 最後にとてもすばらしいMLのことを少し。私にとってMLとはこのTFCであるといっても過言ではない。「家庭医マインド」を持つ、あるいは理解している開業医、勤務医達が日々医学、医療に関する話題をなごやかに、しかも本音で議論しあうMLで、自動配信されるのではなく、TFC事務局にて調整、コメント付けされて配信される、というもの。このTFC事務局、すなわち主催者であり、キャスター、コメンテーターである”田坂 佳千 さん”田坂内科小児科@広島 の絶妙のコメント、合いの手 によってくりひろげられるネット上の世界は、MLという枠をはるかに超えたすばらしい領域を私に見せてくれる。

現在、海外を含めメンバーは2000人を超えているようだ。議論される内容は日常診療の相談から、混合診療の是非など社会的問題、あるいは延命治療についての医療倫理問題、そして「医業と感情、医者はキレたりムカついてはだめか?」といった文学的、哲学的なレベルの内容まで、それぞれがひとつの物語りになりそうなすばらしさである。

関連したTFCのOFF会ともいえる勉強会は広島、岡山、香川など瀬戸内を中心に活発に活動を始め、医師だ
けでなく、研修医、医学生の教育をも含めた活動に広がりつつある。影響を受けて私も、医療者のみならずさらに患者、家族、遺族、マスコミを巻き込んだ「コミュニケーション.ワンダーランド セミナー」を立ち上げることができた。IT音痴の私が画像ファイリングシステム rsーbaseを取り入れることができたのも、TFCのおかげである。TFCはこれからもさまざまな分野ですばらしい影響を与え続けてくれることだろう。

また地域版ですばらしいのが「守口門真地域医療ML(ikyoku−moka ML)」である。地域密着型地方紙ではあるが、全国にもすぐれた”特派員”としてのメンバーを配して、最新の情報収集をおこたらないというバランスのいい姿勢は情報管理能力に優れた管理者”外山 学 さん”益田診療所@門真の資質と努力に負うところが多い。私の地域にもこのようなMLがあれば、といつもうらやましく思う。

MLのこれから

 玉石混合の溢れる情報のなかから、必要なものを選んで適切に利用する、情報アクセスの技量が問われる時代となっている。限り無く増え続ける情報に翻弄されないで必要な時に必要な情報にアクセスできる、そんな環境を作っていく必要がある。数あるMLも必要に応じて自然淘汰されていくだろう。そして、いつまでも医療業界内部のクローズなMLの内部だけで、本音のトークができる、といった状況に甘んじいるのではなく、その本音の部分をも医療の利用者である患者さんや家族、そしてマスコミにも伝えることで、社会全体に医療の真の姿を知ってもらう。その上で本当の情報共有に基づいた医療を協同作業として行っていける、そんな情報交流にMLが役立つ時代が近づいていると思う。

| INDEX |

TOP


Copyright (C) : 1998-2005 SAKURAI CLINIC. All rights reserved.