まちかど診療日記
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家庭医に必要なコミュニケーションスキルとその特徴
                 

 さくらいクリニック 桜井 隆


コミュニケーションのチューニング

 医療現場での“コミュニケーションスキル”といえば医療面接に際しての様々な技法が思い浮かぶだろう。自己紹介、視線の合わせ方、傾聴、共感、解釈モデル、開かれたあるいは閉じられた質問、そしてドアノブコメントなどなど。

 数多くのマニュアル本が次々と発行され、さまざまなテクニックが紹介されている。
そのいくつかを身につけるだけでもすばらしい医師―患者関係が構築されるかのようだ。もちろんそういったスキルを身につけることは最低限のレベルだし、それさえできない医師はバーガーチェーンの店員以下と言われてしまうのだが。

 あなたは多くのサービスショップで店員が取り繕った笑顔で繰り返す「いらっしゃいませ、他にご注文はございませんか、ありがとうございました、またおこしくださいませ」といった紋切り型、録音されたかのようなお愛想言葉に辟易としてはいないだろうか。
「それはたいへんでしたね、心配なさるのもよくわかります、他におこまりのことはありませんか?おだいじに!」
診察室でなにげなく繰り返されるこういったマニュアル言葉は患者・家族に空虚に響いてはいないだろうか?

 こざかしいつけ刃のコミュニケーションスキルではその場はしのげても、きっと賢い患者には見透かされているに違いない。そんな医者にはとりあえずのニーズを満たすこと、すなわち必要な薬を、検査結果を、診断書を手に入れるための最低限の関係しか望まないだろう。もちろん患者のニーズがそれで満たされる場合は問題ないが、家庭医の日常診療の中に紛れているはずの隠された健康関連問題(突然亡くなった友人の葬儀に出てからどうも体調がすぐれない、できたら禁煙したいのに、実は性感染症が心配、癌末期で闘病中の家族のことを相談したい、といった)に関してより深く踏み込むためには“この医者にはいろいろ話をしてもよさそうだ、相談に乗ってくれそうだ”と思わせる雰囲気をだせるかどうかにかかっている。患者は自分自身そして家 族、パートナーのことに関してこの医者に何を話すか、どこまで求めるのかを常に測りながらあなたの目の前に座っている。
「あの、こんなこと関係ないとは思うのですが。」
「ちょっと、私じゃなくて、母の病気のことなんですが。」

 たとえばこんな質問を引き出せたなら、あなたは家庭医としてコミュニケーションのノイズの中からその人の周波数にチューニングできたと考えていいだろう。そこから本当のコミュニケーションが始まる。あなたの家庭医としての専門性がやっと発揮できるスタートライン、医療の領域に到達できたということだから。


非言語的コミュニケーション

 おそらく、患者が医師の前に現れる前からコミュニケーションの前哨戦は始まっている。所属する医療機関の評判、外観、受付スタッフの対応、その人の前に診察室から診療を終えて出てきた人の表情など。そして医療面接開始時の第一印象。人は見た目が×××。もちろん見た目のすべてはあなたの責任ではない、若いこと、いけメンでないこと、美人ではないこと、でも見た目や態度、雰囲気の一部は今のあなたの責任でもある。

 一般世間ではなく医療現場で、医師―患者として対峙した場合、すでに患者が医師に対して持っている固定概念、それが過去のトラウマに起因するとすればそれもコミュニケーションにマイナスに働くこととなる。さらに自己のアイデンティティを脅かすかもしれない健康関連問題を抱えてあらわれる患者にとって、背負い込むマイナス要素はかなりのものだ。

 それに対して医師は存在自体の優位性に加えて、問診表やカルテにかかれた事前情報を得て医療面接を開始する。初診患者の場合特にこの時点で患者と医師の間に存在するギャップはとてつもなく大きい。その広くて深い河に橋を架けるように患者の警戒心を解いてどこまで話す気にさせるかは医師の力量にかかっている。話やすい雰囲気、言いたくなる雰囲気をどう演出するか。そしてその手法はそれぞれに個性的であるべきで、医師はさまざまな役を演じる演技者であっていいだろう。主役の患者のストーリーによって変化しながら寄り添う助演者の役割だ。時には高い知識を持った専門家として、専門医との架け橋となる通訳として、あるいは共感する隣人として。さまざまな役を使い分ける優秀な役者としての資質が“あなたの専門医”である家庭医には求められる。

 もちろん表層だけの演技では早晩見破られてしまうだろう。患者はそんなに鈍感ではない。倒れた人を助ける、落し物をひろう、駅で困っている人に声をかける。それと同じようなあたりまえの共感、援助の心が医師―患者としてのインターフェイスを越えて伝わるなら、援助者としてあなたは受け入れられるに違いない。言語によるコミュニケーションは、医師と患者、専門家と一般人という垣根によってかなり制限されてしまうが、根底であなたが持っているはずの“あなたのために役立ちたい”という気持ちは非言語的コミュニケーショで十分に伝わるはずだ。


あなたのコミュニケーションスタイル

 あなたが医療面接の現場でどのような演技ができるか、はある程度本来の性格によって決まってしまう。日常生活での家族、友人関係や職場のスタッフとの関係の取り方がそのままあなたのコミュニケーションスタイルとなっている。数人で何かしよう、という時に率先して決定しリーダーシップをとれるか、話題の中心となってしゃべるタイプか聞き役か?状況に応じて臨機応変に立ちまわれるタイプ?それとも打ち解けるにはちょっと時間がかかるのか?そんなあなた自身の身の丈に合ったスタイルを探していくことだ。

 臨床研修医制度は別の視座からみれば研修医のコミュニケーションスキルをためす格好の機会となっている。すなわち短期間で各科、病棟をまわり多くのスタッフと接触することを余儀なくされるため、指導医、コメディカル、患者との関係性の構築能力によって研修内容に大きな差がでてしまう。地域医療実習ではさまざまな医療機関に出張し研修することでさらに他者との関係構築が必要となる。研修医達を見ていると、最初に医師である私以外のクリニックのスタッフ、受付やナース達にきちんと笑顔で挨拶、自己紹介できるかどうか、でおおよそコミュニケーション能力が類推できるといっても過言ではないだろう。少なくともあなたの味方であるはずの医療関係者とよい関係が構築できないで、患者とのコミュニケーションなど論じるまでもない。
 見られているのは医療面接という限られた場での振る舞いだけではない。「外来でとてもすばらしい説明をしてくれた医師に、後で病院の廊下ですれ違った時に挨拶したが無視され、印象が変わってしまった」とある患者は憤慨していた。


バイリンガルということ


 医療現場という舞台で演技するあなたにとっての最大のアドバンテージはあなたが“一般語と医療語のバイリンガル”であるということだ。しかもただ言語を解するだけでなく双方の文化、風習、タブーまでも熟知している。そのあなたが通訳、添乗員として寄り添うことで、追い詰められた状況で慣れない医療言語圏に旅立とうとする患者をサポートすることになる。患者にとって医療機関への受診は、年老いてからの初めての海外旅行のように不安に満ちている。たとえばヨーロパ旅行、通貨、ユーロは共通でもフランス語、ドイツ語、イタリア語と言葉は通じないのと同じように、保険証は共通でもそれぞれの専門領域で医療語が通じない。その海外旅行に添乗員として寄り添うのもバイリンガル、トリリンガルである家庭医の役割だろう。多方面でのコミュニケーション力、交渉力が必要とされるのはいうまでもない。

 バイリンガルであり続けるためには双方の言語、環境から学び続けることだ。 
医療分野に関しては心配ないだろうが、一般人としての感性を磨くことはけっこう大変だ。あなたはこの1週間で家族以外にあなたを“先生”と呼ばない人と何度話しただろうか?医師としての専門性が高まれば高まるほど、あなたの感性は一般人から離れていく。家庭医として必要なコミュニケーション力とは当たり前の人としての感性をも研ぎ澄まし、バイリンガルでありつづけることではないだろうか。

 そのためには医療関係のマニュアル本より小説を、いや本なんかほうりだしてさっさと街へ繰り出した方がいいかもしれない。そしてあちこちでいろんな人達に出会えたなら、その人達があなたとは違う世代、違う趣味、違う属性、違う環境、違う宗教、そして違う国の人であればあるほどあなたのコミュニケーション能力はひろがっていく。そして当たり前のように、あなたの医療面接のスキルも素敵なものになっていくだろう。あなたの目の前に居るのは、本来は“患者”ではなく、あなたが街で出会う普通の人達がたまたま健康問題を抱えて相談に来ているだけなのだから。そんなコミュニケーションスキルが家庭医には求められている。

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