まちかど診療日記
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インタビュー ’98

 −説明には時間もかかるでしょう。どのような方法をとっているのですか。

 内容やその人の性格の問題で説明に時間がかかる人は時間外に改めて来てもらったり、通院困難な方なら、必ずお宅へうかがっています。ただ、今はインフォームドコンセントが必要だと言われながら、説明などにかかる手間やコストについての評価がしっかりなされていませんから、その点について不満がないわけではありません。

−そこがきちっと評価されないことには、他の医師にもちゃんとやれと言っても難しいですね。医療における情報への評価は、保険者も被保険者も医師も患者も意識がまだまだ低い。

 そうですね。目には見えないけれど、情報にはコストがかかることは皆がもっと理解しないといけないと思います。保険点数で言えば、今は医者のほうからの電話再診は認められていませんが、そういうところの評価は必要だと思います。また、弁護士のように、医者という専門家に話を聞くのもコストのかかることだという認識は、皆さんあまりありませんね。笑い話になリますが、うちに来るおぱちゃんなんかは、受付に「今日ちょっと話しがあんねん」とやってくる。「じゃ、保険証を」というと「今日は診察ちゃうねん、ちょっと話聞くだけやねん」と言う。受付係が「いま混んでるから無理です」と断わると「じゃあええわ。家帰ってから電話しよ」ですよ (笑)。

薬はその内容を患者も把握する必要かある

−薬の情報開示についてお聞きします。さくらいクリ二ツクには、診療中の説明用はもちろん、待合室にも薬をシ−トシ−ルごと張リつけて説明を書いたノートがおいてある。これには薬価も書いてあるんですね。

 まず、患者さんに自分ののむ薬が何の薬かわかって飲んでほしいのです。家に帰っても自分で判断できるためにはそれが必要です。極端に言うと、薬の副作用をみて自分でやめとこうと思うのも患者さんの選択だと思うのです。
 僕のところの患者さんには受付で「PLください」「ダンリッチください」という人までいて、僕が確認して問題なけれぱ希望どおりの薬を処方しますが、そこまでいかなくても自分で薬を覚えている人は、やはりコンプラィアンスがいい。薬価を併記しているのは、この前の九月から薬剤が別負担になったからです。あの二○五円ル−ルも説明して、する気になれば自分で計算できるようにしたのです。

 僕のところは、いわゆるジェネリックは使っていません。ですから、そのために少し高くなる。でも僕がブランド品をのんでもらいたいと思うのは、カタカナで名前が書いてあるとか、副作用情報の提供がしっかりしているとか、多分何かあったときも保障がいいだろうからです。ただし、これは僕のところの診療圏は病医院が多くて患者さんも選択が可能だということと、比較的裕福な人の多い場所だからできるここではあります。どこでもできることではないでしょうね。

 副作用をどう伝えるかは議論のあるところです。それを言うと患者さんが心配してのまなくなるから教えなかったというのが、従来の医療者の考え方です。でも、今までの患者さんはのまなくなったあと来なくなっちゃうんですよ。のまなくなっても、その患者さんがもう一度来てくれたら、次にどうするか相談できる。もう一度必要性を説明して納得してもらったリ、薬を替えることができる。あるいは薬を使わない治療法を相談することもできる。副作用を教えるとのまなくなるという医者は、「のまなくなる→来なくなる→コンプライアンスが落ちる」と言うわけですが、それはちょっと違うと思います。

−それに、のんだかどうか、患者が正しく報告しているかも疑問です。

  患者さんからしたら「のんでいないというとお医者さんに怒られるから言わんとこ」というような話も多いですからね(笑)。まあ、お互いが嘘のないことを言えるような関係をつくることが、まず全ての前提となることは言うまでもありません。

−当然そこまでの情報提供の前提には、告知が当然であると考えているわけですね。

 僕は、基本的には病名告知は前提だと思います。ただ、末期がんなども全て告知すべきだという考えではありません。
 僕は診療所の医者ですから、そういう病気を一人で丸がかえはできない。その患者さんは必ず、別の病院などにもかかっていて、そこにも医者など関係している医療関係者がいるわけです。その人たちや患者さん家族の考えを無視してまでも告知はすべきとは考えていません。

ただ開示するだけでは問題は解決しない

−現在、診療報酬明細書が求めに応じて開示されるようになりました。力ルテ開示の問題も含め、どう考えていますか。

 情報の開示は、相手に意味のあるものでなけれぱなりません。今のままのカルテを患者さんに見せてもわからないでしょう。カルテを開示するなら、書いてある内容がわかるような説明をするか、あるいは、患者さんがわかるような内容のものに書き改めなけれぱ意味がないと思います。それは、レセプトの開示についても同じです。
 厚生省は行政を通じてのレセプト開示を決めましたが、あれを見ても、普通の患者さんは理解できないでしょう。中途半端に情報を開示すると、不信だけが生まれることもあります。せめて、診療を担当した医者に説明をさせるぺきだと思いますが、今は医者が説明する機会をいっさい与えてくれません。

 実は、僕は尼崎市で診療報酬明細書の開示を初めて求められた医者なのです。いきなり、郵送で来たのでぴっくりしました。二年半前に五回だけ来た老人の方のレセプトでした。請求名を見ると本人ではない。名字も違う。「誰やろか」と思いました。どんな患者さんかと思って調べてみると、突然来なくなっている。死んだんやろか、注射を打ったのが悪くなったんやろか、誤診があったのか…。何で開示を要求したのかわからない。行政に電話しても「開示を要求する理由を開示する必要はない」と教えてくれない。
 結局、要求してきた人は、嫁に行った娘さんで特に問題になることはなかったのですが、すごく嫌な思いがしました。僕は今まで言ってきたような考えですし「医療記録の開示をすすめる医師の会」にも参加しています。そんな僕でもそう思った。
 こういう暗い開示は、開示によるメリットではなく、今まで以上に患者さんと医者の間の溝が深まるだけです。医者も萎縮してしまうでしょう。


 僕は、情報の開示は「明るい開示」でなければならないと思います。それによって、患者さんも医療関係者も明るくなれるようなものである必要があります。それをするためには、日常診療の現場での医者の意識改革も必要ですし、また、診療報酬のあり方や、カルテなどの記録のあり方にも、踏み込んだ議論がなされなけれぱならないでしょう。
 患者さんにももっと賢くなってほしい。もちろん、僕ら医者には問い直さなけれぱならないところがたくさんある。そして、ではどうすれぱいいかということについて、医者と患者が対決するのではなく、協力してよくしていくという姿勢で臨むべきだと、僕はいつも思っているのです。

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