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癌などの悪性の病気の際に本人にそのことをはっきり伝えるかどうか、いわゆる告知の問題がマスコミなどでよく取り上げられます。最近は自分にははっきり伝えて欲しい、という方が増えています。がその一方で家族が癌になったら伝えたくない、という方が多いのも事実です。雨でひまな午後の診察にやってきた、喘息持ちだがタバコがやめられない”たつじいさん”にたづねてみました。
「もし癌やったらちゃんと伝えて欲しいですか?」
「縁起の悪いこと言う医者やなあ。わしは癌にはならん。死ぬときはポックリと。」
「ポックリ亡くなる方なんかほとんんどいませんよ。死ぬのは癌か、心臓か、脳卒中か。」
「ほんまに死ぬことばっかり、、死にとうないから医者にかかっとんのに。先生はまだまだ先のことやから気楽に言うけど、わしら年よりにとっては深刻な問題や。」
「いや、申し訳ない、でも大事な問題でしょ。」
「人間だれでも一度は死なんならん。死に方ぐらいは自分できめんとな。」
「ではやっぱり癌になったらはっきり伝えて欲しい?」
「やっぱり自分のことは自分で知っとかんと。はっきりいうてもらわんと。」
「そうですよね。ところが、御家族が反対なさる場合があって医者はこまるんですよ。本人に伝えるかどうか、まず家族に聞くのが普通ですから。考えたらおかしな話で、本当は本人にまず伝えて、家族にいうかどうか聞くべきだと。」
「そらそうや。でも、、、つるばあさんが、癌やったらやっぱりよう言わんわ。ああ見えて気の弱いところあるから、、落ち込むで。50年つれそったわしが一番よう知っる。」
「それってやっぱりおかしいじゃないですか。矛盾してるでしょ。逆につるばあさんに聞いたら、たつじいさん、気がちいさいから癌だったら言わない、ということになる?」
「え、、うーん、、、困った。そういわれてもなあ。人生そうすっきりわりきれんもんや。とにかく癌はイヤや。痛いからなりとうない。」
「癌になっても治る人も多いし、最近は痛みの治療もすすんでいるからそんな心配はいりませんよ。癌の末期でも住み慣れた家で最後まで過ごせますよ。痛みでのたうちまわったり、テレビみたいに最後に空をつかんで”ううっ、
ばたん。" なんてことありません。眠るように、、やすらかに。。」
「ほんまに痛みも苦しみも全くない?」
「そりゃあ、全くないかどうか、、人間、生まれて来るときもかなり苦しいでしょうし、お母さんも陣痛で苦しむし、出てくる子供にもいろいろ苦労はあるでしょうが、生まれたあとは覚えていない。死ぬときにほんの少し苦しみがあっても死んでしまったら覚えていませんよ。」
「なんかわかったような、わからんような話やなあ。とにかくいっぺん家帰ってばあさんや息子らと話してみるわ。医者から死に方考えとけ言われたってな。」
「そんなふうにとらんでよ。まあ、いい機会と思って。」
「いやあ冗談。ほんま大事なことや。考えとくわ。」
「また考えた結果聞かせて下さい。」
「ほんまのこと伝えてくれ、ていうたらいきなり”あんた、実は肺癌や、”て言うんやないやろな?」
「そんなに肺癌が心配ならタバコやめたらええのに。」
「わかっちゃいるけどやめられない、、、。クスリと吸入出しといてや。」
「はいはい、おだいじに。」
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