在宅ケアの依頼があって、初めて御自宅へ往診にうかがう時、患者さんを取り巻く状況、同居家族の有無と、その家族との関係がとても気になる。さらに、患者さんがその家のどこで寝ている(寝かされている)のか、どんな環境におかれているのか、ということも大切なポイントだ。
もちろん、それぞれの家の状況、広さや部屋数、家族人数などによっても異なるだろうし、患者さんの身体状況や病状によってもそれはさまざまだ。
玄関を上がって、さていったいどの部屋に案内されるのか、ちょっと好奇心がくすぐられる。私には訪問時のこだわりが2つある。スリッパは履かない、ことと、座ぶとんには座らない、ということ。お客様ではない、職人である、という意志表示のつもりだが、でもだされたお茶やお菓子はお腹がすいていると、ついいだだいてしまうこともあるが、、。いまだに、御盆に乗せた洗面器一杯の手洗い水、とお手拭きを枕元に用意してくださるところがまれにある。古い日本のモノクロ映画、を見ているみたいで風情はあるのだが、手を洗う時は水道で洗いたいので、、と丁重にお断りする。
その家で一番日当たりの良い、南向きの暖かい部屋にベッドを置いてゆったりと寝ているおじいさん。北向きの日の当たらない寒そうな納戸のような部屋にぽつんと寝かされているおばあさん。それぞれに人生、家族と患者さんのそれまでの距離感をかすかに感じることのできる瞬間だ。でも北向きの日当たりの悪い狭い部屋だから、ないがしろにされている、といって家族を一方的に批判してはいけない。施設入所させないで、自宅で介護しようとしていることだけですばらしいことなのかもしれないのだから。
ちょっと気になって亀夫じいさん宅へふらっと往診に立ち寄った時のできごと。突然の往診に、なんだか迷惑そうなお嫁さん。案内されたのはいつもの訪問診療の時とは違って、奥の狭い物置きみたいな部屋。あれ?こないだは家の中心、居間のまん中を占拠してゆったり布団に寝かされたのに。「こっちの方が落ち着く、というんで、、」となんだかいいわけがましいお嫁さん。彼が必要とするいろんながらくたに囲まれた亀夫じいさんは、決して悲しそうではなかった。
もうこれからは私の訪問診療の日だけ、居間に移されることなく、亀夫じいさんも、家族もそのたんびの移動の手間が省けて随分楽になることだろう。私もなんだか気が楽になった、そんな思いで3人でなんとなく顔を見合わせて微笑んでしまったのでした。
在宅ケアに無理は禁物だ。多少手抜き、もうちょっと家族がやってくれたらいいのにね、とケアを提供する人々が時々思うぐらいの方がトラブルなく、長続きすることもあるから不思議だ。そんな在宅ケアのお手伝いをさせていただく我々サービス提供サイドもあまり突っ込みすぎたり、ぴったり張り付いたりせず、ほどよく、適当に、ええ加減にお手伝いさせていただく。家族と患者さんとの距離感にふわっとフィットした距離感でのケア。時にはもう少しやってくれたらもっといいのにね、などと家族に感じさせてしまう、そのぐらいの適当、いや”てきとう”な距離感で寄り添うのがいいのかもしれません。