まちかど診療日記
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”コミュニティケア”と”おっせかいおばさん ”

さくらいクリニック 桜井 隆

 「生活音なのよ、あれが。だからいいのよ。あの子達が大きくなって走り回るようになったのよ、こないだ生まれたばっかりだと思ってたのにねえ。」
往診にうかがったアパートで、どんどん、と走り回る子供達の足音に天井を見上げて”うるさいなあ”とつぶやいた私をたしなめるように彼女は言った。

 彼女が、一緒に住もうという娘さんの申し出を頑固に断って、住み慣れたこのアパートにひとり住み続けるわけが理解できた。近所のおせっかいおばさん達がかわるがわるにやってきては、いろいろ世話をやいていく。

「あんたの好きな、うす味のなすのおひたし、ここに置いとくで。」
にわかじこみのヘルパーさんよりずーっと彼女の癖や好みを知っている、力強い助っ人達だ。そういえばここはいつも玄関の鍵がかかっていない。来訪者はピンポンと鳴らしはするが、勝手に部屋の中に入ってくる。

 私が往診に訪れている短い間だけでも何人もの来訪者に出会った。肺癌がすすんで、ベッドからあまり動けなくなってしまっても、ひとりでここに留まっている彼女。何十年という生活史の中で築き上げられてきた「地域のコミュニティ・ケア」が支えているのだ。でもそんな言葉はしたり顔でケア学を論じるお偉い学者さんが使えばいいことだ。ここでは当たり前の相互扶助、助け合い、いや、おかずのおすそわけだ。

 これなら独居でも最期まで住み慣れた家で過ごすことができる、と感じた。
訪問看護やヘルパーの隙間を近所のおっせかいおばさん達がささえる。
ケア、サービスの週間予定表を大きくベッド横のたんすに貼り出すように、ケアマネジャーにお願いして、空白の時間をわかりやすくした。
看取りの場を創り出す、すばらしい地域のコミュニティケアがここにある。
素敵なエッセイが書けそうだ、など私もひとりで悦にいっていた。

 ところがその助け合いが、思いもよらない結果を招いてしまうとは、夢にも思わなかった。
だんだん具合が悪くなって 酸素を離せなくなった彼女は少し息切れし、やすみやすみ、でもはっきりと私にこう言った。
「どっかへ、  入院させて  、ここから、  逃げ出したい。」
(どうして?)
「もううっとおしいの みんなが来てくれるのが。 食べろ、 食べろっていろいろ持ってくるし、元気だせとか がんばれとか、もうほんとにもう  たくさん。 でも、いえない。  だから、だれも来ないところへ 入院させて。」

 とりあえず鍵をかけようとか、トビラに面会謝絶と貼り出そうとか、近所の人達を集めて、彼女の状況を伝え、そーっとしといてほしいと、私から話そうか、といろいろ提案はしてみたが、彼女の意志は硬く、そこから遠く離れた娘さんの家の近くのホスピスへ入院してしまった。ホスピスがはたして彼女が望む所なのか、私としては疑問ではあったが。

 死を受けいれて最期の”刻”に内なる世界へ、と入っていこうとした彼女にとって、近所のおっせかいおばさん達の励ましの言葉は、ある時期からは、彼女が卒業しようとしていた俗世間の騒音にしか聞こえなかったのだろう。その時の彼女に必要だったのは2階の子供の足音だけだったのかもしれない。

 未熟なコミュニティケアでは彼女の望んだ距離感を創り出せなかったのだろうか。その距離感はやはり家族、本当に大切な人との間でしかとれないのだろうか?だとすれば最期の一時期だけどどっとやってきて、経験豊富な専門家、と称して自信たっぷりに最期の”刻”にかかわる医療者達。

 地域のコミュニティケアを支える、なんてのたまわって、土足で家の中まで入ってくるような我々は本当は、ある時期を過ぎてしまえば、近所のおばちゃん達よりもずーっとうっとおしい、遠ざけたい存在、なのかもしれない。

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