「たつじいさんの入院には私が付き添いますから。」
ケアマネージャーの恵子さんはいつものように明るくきっぱりと言いきった。
「うめばあさんのショートはヘルパーが送りますし。息子さんはあいかわらず仕事が休めない、の一点ばりですから仕方ないです。娘さんは遠くですし。病院へは家族から電話をしてもらうことになってます。」
認知症が少しずつすすんで、食事や排泄にも介助が必要となってきているうめばあさんを、献身的に介護していたたつじいさんがつまずいてころんだ拍子に大腿骨頚部骨折をしてしまった。
転んだのは土曜の夜、でもたつじいさんは誰の助けも求めず、はいつくばって狭い部屋の中を動きまわってうめばあさんの介護を続けていたようだ。
月曜にうめばあさんのデイサービスのお迎えにいったスタッフが、うめばあさんに何か食べさせようと台所まで這っていって、そこで動けなくなってうづくまっていたたつじいさんを発見、連絡を受けて担当ナースのしのぶちゃんと外来診療前に緊急往診した私は、たつじいさんの下肢を一目みて、大腿骨頚部骨折だと診断した。
「じいさんは山へ芝刈りに、ばあさんは川へ洗濯に」なんてしょうもないことを言うてる場合ではなくて「じいさんは病院に、ばあさんはショートステイに」しかこの場を切り抜ける方策はない。幸いたつじいさんの入院先は、私がいつも無理を聞いてもらっている地域の病院の整形外科医に直接交渉してなんとか確保した。残されたうめばあさん、このままひとりでは生活できないのでショートステイを、とのことでケアマネージャーの恵子さんが懸命に交渉して、今日の夕方入所可能なところを見つけてくれた。とりあえずほっと一息。なんとかこの老夫婦の危機を乗り切った。
「でも、本当にこれでいいんでしょうか、相変わらず息子さんとは電話のやりとりだけだし、遠いとはいえ娘さんもいらっしゃるのに知らん顔でしょ。こんな困った時はは本当は家族が駆け付けて、力を合わせてなんとかしようとする、そのお手伝いをするのが我々の仕事のはずなのに。」
ナースのしのぶちゃんが帰りの車の中でこうつぶやいた。
確かに、我々がすべてを手際よく手配してしまうことで、本来家族のすべきことまでうばってしまっているのかもしれない。緊急事態をきっかけに助け合うことで、家族の絆が再構築される、ということもあり得るだろう。
とりあえず離ればなれになってしまったたつじいさんとうめばあさん、二人がもう一度住み慣れた家にもどって同じようにゆったり生活することができる日がくるのだろうか、そのためには今度は家族の関わりもかかせないに違いない。その時、息子さんや娘さんは動いてくれるのだろうか?
やはり我々が主たる介護者となってしまうのだろうか。
そして、たつじいさんとうめばあさんは、そのどちらを望むのだろうか?