「退院しますか?なんて、どうして先生は私に聞くのかしら。そんなこと私、わからないわ。先生が決めることでしょ、退院の日は。今まではそうだったし。」胆嚢癌末期のSさんはこうつぶやいて退院の日を決められませんでした。
「良くなってから退院するからあわてなくていい、というんで。」 できれば自宅へ連れて帰りたいという御家族は悩んでおられました。
「家族だけが呼ばれて末期癌です、余命は数カ月、御本人に伝えますか?ときかれたんで、伝えなくていいです、といったんです。だって、先生がまず家族だけ呼ぶってことは本人に内緒にした方いいっていうことでしょ。」
本当の病状と御本人の認識は今となっては天と地ほど離れてしまいました。
「今さら 癌末期であと数週間、だから早く家へ帰ろう、なんてとても言えない、、」と娘さんは涙ぐんでおっしゃいました。
”告知”という特殊な言葉で呼ばれる癌であること、 また再発、転移があることの伝え方に関して、我々医者も、受け取る患者さんや家族もあまり上手とはいえません。どうも伝える、伝えないと白黒はっきりさせすぎてしまうようです。いきなりすべてをお話するのは無理、としても本当のことと御本人の認識の差を少しでも縮めることから始めてみては、、すぐには良くならない状態だ、、
というように。とお勧めしました。
結局やっぱりちょっと帰ってみようかな、とおっしゃったお母さまを御家族ががんばって連れて帰られ、少し薄れていく意識の中で「ああ、やっぱり家がいいね。」とおっしゃた翌日、御自宅で息をひきとられました。
悪い知らせを伝えるもの本当につらいことですが、知らせないで隠しているのも大変なことです。
病気に関しては本人に伝えないで隠しておこうという風潮が今だに根強 いようです。その一方で情報開示、自己決定、なんていうことが声高に叫ばれ、むぞうさに情報が垂れ流しされています。
そして自分で決めて、都合の悪い事態を招いてしまうと自己責任だ、なんて批判されてしまいます。我々の社会全体がそういった情報に基づいた自己決定、そして自己責任、といったことに未熟であるような気がします。日常の中で小さな自己決定の練習
を積み重ねて大きな自己決定につなげる、そんなことから始めるしかないようです。