まちかど診療日記
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藁はつかんでも、、、

神戸新聞掲載第30回 8月23日 より
さくらいクリニック 院長 桜井 隆

「藁(わら)はつかんでも溺れますよ。」
思わず出てしまった言葉はその場を凍らせてしまったかのようでした。
「明日、往診に伺いますんで、とにかく痛みのコントロールをした方が。」
話題を変えてごまかすしかありませんでした。

胃癌末期の御主人をなんとか助けたいという気持ちはわかるのですが、あまりにも理不尽な民間療法を信奉し、モルヒネ等による痛みのコントロールさえ忌み嫌う奥さん。
「末期と言われた癌患者の家族にとっては本当に少しでも可能性があるのならどんなことでも試してみたいんです、溺れるものはわらをもつかむ、という心境です。」

瀬戸際に追いつめられた奥さんを崖から突き落とすような私の言葉にもじっと耐えていたのでしょう。”これで絶対に助かる、医者の薬を飲んだら効果がなくなる”という我々から見たらとうてい許し難いOO療法を選んだ奥さんに迷いはありませんでした。

歯を食いしばって痛みに耐える御主人に、耳もとで「奥さんには内緒でこっそり痛み止めを出しましょうか?」とささやいてみましたが、答えはNOでした。私は何もできず、ただ見守っているだけでした。
やがてその御主人にも永遠の安らぎの時が訪れました。

後日、挨拶に来られた奥さんに、あえて尋ねてみました。
「絶対に助かる、というOO療法、やっぱりだめでしたね。」
「ダメなのはわかっていたつもりです、でもOO療法は最後の半年間私達に希望の光を見せてくれたんです、先生達は助かる可能性は10%、とかあと3ヶ月、とか失望することしか言ってくれなかった。最後まで希望を持てて私達は幸せでした、、」

本当に私達は、だったのでしょうか?
今となっては尋ねてみることもできません。
残された時間が少ない末期癌の方に希望を持っていただくことは、たとえそれが幻想であっても、すばらしいことなのかもしれません。
我々医者は正直に事実を伝えようとすればするほど希望の光を消し去ってしまうかのようです。
でもいつわって回復を約束することはできそうにありません。
あちこちの病院で見捨てられて来たけれど、先生は最後まで付き合ってくれてうれしかった、という奥さんの言葉だけが救いでした。

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