「先生、Kさんは夏が終わるこの時期になると調子悪いんですよ、、御主人の命日が9月だから、もう忘れてるでしょ。」
診察の後、看護師が顔を雲らせ、こう言いました。最近眠れないというKさんに何のためらいもなく軽い睡眠薬を処方したのです。脳硬塞の後遺症でほとんど寝たきりで在宅で療養なさっていたKさんの御主人が、誤嚥性肺炎で急逝したのは5年前の秋のことでした。本当に献身的に介護なさっていただけに、御主人を亡くされた後は相当落ち込んでおられましたが、まあ時が解決してくれるとか、妻を亡くした男性はなんだか惨めだけど、夫を見送った後、女性は結構気楽に楽しんでいる、なんて脳天気に考えていました。
次の診察でやはり元気なさそうに受診なさったKさんに、声をかけてみました。
「そういえばもうすぐ御主人の命日ですよね、、」
「そうなんですよ、、あの時は本当にお世話になりました。」堰を切ったように話しだされました。
「蝉の声が聞こえなくなって、秋の虫達が鳴き出すといつも思い出して、なんだか悲 しくなってしまって。」
月日の経過が単純に悲しみを癒すものでもない、と改めて気付かされました。
愛する家族を亡くした悲しみを乗り越えるのは苦しいけれどかけがえのない経験です。
でも多くの場合ときがたつに連れ、そのときの憶いや記憶は徐々に薄れていきます。そんな中、憶いを消すことなく同じように病気で悩む患者さんやその御家族に伝えることで力になろうと活動なさっている方もおられます。
インターネットで知り合った鉄郎さん、もその一人です。
白血病の奥さんを御自宅で看取った経験を活かしていろんな方の相談にのる、そんな活動そのものが、彼自信の渇れることのない悲しみを力に変え、冷たい涙を、感動や喜びの暖かい涙にしてくれた、と話しておられます。闘病の経験を積み重ねた人がそれを伝えていくことは患者さんや、御家族だけでなく、我々医療者にとっても本当にいろいろなことを教えてれます。
(そんな鉄郎さんの活動の一部が9月10日NHK総合午後7時半、関西クローズアッ プ、で紹介されます。)