まちかど診療日記
| HOME | クリニックのご案内 | お知らせ | 診療日記 | 在宅ケア | リンク | サイトマップ|


寄り添うとはいうけれど、、

神戸新聞掲載第34回 11月1日 より
さくらいクリニック 院長 桜井 隆

 Mさんの決意はほんとうに固いものでした。
”私はいっさい薬を飲みません。”
せきと呼吸困難で病院へ受診してはみたもののすでに胸に水が貯まっており、癌性胸膜炎、との診断でした。いっさいの治療を断って自宅へ帰られたMさんはひとり暮らし、どういった理由からか息子さんともほとんど絶縁状態でした。”最後はこのままこの家で死にたい。”

 その希望を実現するために生活支援のケアマネージャーとヘルパー、医療サイドから医師である私とナースが在宅ケアに参加しました。自宅での生活が始りましたが、肺癌はすでにかなり進行しており、日に日に弱って歩くのも困難になってこられました。酸素吸入はなさったものの、相変わらずいっさいの薬を拒否なさいます。おそらく進行した肺癌はかなりの痛みを伴っていたはずです。すべての薬を拒否なさる理由を尋ねてみると、若いころ、薬の副作用で全身の皮膚がただれて死にかけたことがある、とのことでした。

その後も医者に大丈夫だ、と言われて飲んだ薬でまた薬疹が出たことが2度、それ以来、医者と薬は信用しない、とのことでした。「癌の痛みを緩和するモルヒネ等はそういった副作用はほとんどないのですが」と何度も説得を試みましたが、答えはいつも同じでした。痛そうに顏をしかめているMさんを前に本当に何もできない私は、いろいろなケアを提供できるヘルパーや、ナースをうらやましく思いました。「寄り添う」と言葉では言いますが、本当に寄り添うのはとてもむずかしい、ということを思い知らされました。

いつもは癌の痛みをとる、という大義名分を掲げていろいろ治療することで、寄り添っているつもりになって逆にこちらが満足しているんだ、ということを。 やがて薄れていく意識の中でそれでもやっぱりいっさいの薬を拒んでおられたMさん”心頭滅却すれば火もまた涼し”という言葉が浮かびました。

やがて自然に火が消えていくように、ヘルパーに看取られて逝かれました。亡くなる3日前、あの子に伝えたいことがある、というお電話で会いに来られた息子さんとお話できた後、彼女の顏が少し柔らいだように見えたのはケアをさせていただいた私達のかってな憶いだったのかもしれません。

BACK

TOP


Copyright (C) : 2004 SAKURAI CLINIC. All rights reserved.