まちかど診療日記
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悲しい記憶と生きる

神戸新聞掲載第36回 11月29日 より
さくらいクリニック 院長 桜井 隆

 時間が経つにつれてすべての記憶は次第に遠くなっていきます。
災害や事故の記憶も例外ではありません。つらいことや悲しいことを忘れることができるから人間は立ち直れるのかもしれません。その忘却のスピードは人それぞれですし、どうしても忘れられないこともあります。普段は忘れていても、ふとしたきっかけで思い出してしまう、というのも広い意味での忘れられない記憶といえるでしょう。

 新潟中越地震から1ヶ月が過ぎ、これから豪雪の季節をひかえて被災地の人々はいろいろ不安をかかえておられると思います。これからも永続的な支援が必要です。震災後1ヶ月の時点での状況がどうだったか、10年たった今、我々はもうあまり思いだせなくなってしまいました。私の場合、幸い自宅は倒壊をまぬがれたものの、ガス、水道がなく、運んできた水を携帯用ガスコンロで沸かしていた、というおぼろげな記憶はあります。

 それにしても新潟と阪神、直下型地震の規模は同程度でも建物の崩壊のありさまがあまりに違うのに驚きます。屋根の雪にしっかり耐えるように造られた豪雪地帯の頑丈な家屋と、瓦の重さで潰れてしまい多くの犠牲者を出した都市部の家。田畑や野山が振動を吸収してくれる農村部と比べて、地表すべてをコンクリートで固めてその上へ建造物を積み上げた都市部では揺れの質も違ったのかもしれません。

 災害や事故に関するマスコミの報道は時間とともに少なくなって、1ヶ月、1年、5年、、と節目での報道が繰りかえされるだけとなります。新しい災害や事故が起きると世の中の目はすべてそちらに注がれてしまいます。阪神大震災の報道も同年の3月におこったサリン事件にかき消されてしまったかのようでした。

 世間の関心が薄れてしまっても被災者は失ったもの、壊れたものを取り戻すために、毎日を積み重ねていくしかありません。それは病気や障害と共に生きていく人やその家族の日常とも似ています。失ってしまった健康という日常、それは二度と取り戻せないものかもしれません。でも少しでも良い方向に、という気持ちそのものが悲しい記憶を遠くにおしやり、生きることにつながるのでしょう。10年たってもその作業を続けているともいえる我々にはその気持ちが少しは理解できるかもしれません。

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