「ああ、入院させないで、家にいてよかった、父に抱きしめられたその時、ほんとうにそう思ったんです。」
微笑んでいるかのようにも見えるMさんの横顔を、蛍光灯と窓から差し込む朝日が半分ずつ交じった不思議な光りが照らしていました。胃癌が進んでこれ以上の積極的治療を望まない、住み慣れた家でのんびり過したい、というMさんを、お嬢さんは小さい子供さんの面倒を身ながら懸命に支えていました。
とてもきっちりして、厳しい人で、という娘さんの言葉どおり、Mさんは痛みや苦しみをあまり表現なさらない方でした。だんだん食事がとれなくなって弱って行くお父様を自宅で介護するのがつらくなったのか、お嬢さんは何度も入院を勧めておられました。
私もホスピス病棟の案内をしたこともあったのですが、できれば、最期まで御自宅で、と願わずにはおられませんでした。御本人は入院するのはあまり気がすすまないようでしたから。
いよいよ状態が悪くなって歩くことさえ困難になってもMさんは用意したポータブルトイレには目もくれず、トイレまでお嬢さんにつかまるようにして1日に数回、必死で歩いておられたようです。
わりと大柄なお父さんを支えきれなくなったお嬢さんが、もう無理です、、父をトイレに連れていくのは、だから入院して専門的な看護を受けさせてあげたい、病院だったら管を入れておしっこを採ってくれるし、その方が楽かもしれない、と涙をためて訴えられたその夜のことでした。
「またトイレに行こうとしている、でも、もう無理だわ、支えられない、お願いだからお父さん、、」
その瞬間、彼女はお父様がトイレに行くために立ち上がろうとしているのではなく、彼女を抱きしめてくれているんだ、ということに気づいたのです。もうしゃべることさえままならない、でも精一杯の気持ちを伝えようと抱きしめてくれているんだと。
父に入院を説得してくれない先生をうらんだこともあった、と彼女は不思議な光りに照らされたお父さんの横顔を見ながら正直におっしゃいました。
夜明けに呼ばれて眠い目を擦りながら患者さんのお宅へ急ぐ、、、
そんな夜明けの黎明の中、家で、家族で看取ることの素晴らしさを教えてくれたお嬢さんと、Mさんのことを憶います。